Black Swan -overload- 43

ゼクは上手くバランスの取れない足取りで、ヨタヨタとセトに近づいた。

「どう言ったらいいのか、よくわからないんだが…。」
セトは、ゼクの顔をじっと見る。
「悪気はないんだ…。ただ、行き掛かり上こういうことになっちまって。」
セトは、朗らかに笑った。
「意気地を出せよ、ゼクくん!ハウシンカのこと、愛してるんだろう?」
ゼクは、頭を下げた。
「だからすまない…、セト。」
セトは、バシンとゼクの肩を叩く。
ゼクは少しよろめいた。
「何、つまらないことを謝ってくれるな…。もう子供じゃないんだし、ぼくだって男だよ?そんなことで謝られても、困るさ。」
そこに、目を覚ましたハウシンカが歩いて来る。
「ほら、ご覧?おかんむりだよ…。」
セトは、ゼクを横目で見た。
「あいつは、メンドくせーからな…。」
ゼクもヒソヒソと返した。
セトは、ハウシンカの方に向き直る。
「ハウシンカ、すまなかった。エマのこと、君に黙っていて…。」
ハウシンカは、セトを思い切り平手で張り倒した。
「この最低男!!」
ゼクは、ニヤニヤしている。
「ほらな…、これだよ。」
セトは、歯を食いしばって耐えた。
「効くなあ…、初めてだよ。こんなの。」
ハウシンカは腕を組んで、セトに告げる。
「これで勘弁してあげるわ。二股なんて、絶対許さないんだから!」
セトは、改めて詫びる。
「本当にすまなかったと思う。ぼくがいけなかったんだ。ゼクくん、ハウシンカのこと頼んだよ。」
ゼクは、言いにくそうに切り出した。
「そういや、セト…。報酬の件なんだが。」
セトは、そっぽを向きながら言う。
「ガウェイン将軍に払ってもらえば、いいんじゃないか?」
ハウシンカは、激昂した。
「セト!!いい加減に…!」
セトは、少しおどけて見せた。
「冗談だよ…。聖コノン騎士団から、支払わせてもらうよ。安心してくれ。」
ゼクは、再び頭を下げた。
「すまねぇ…。まさかローランドとソクロを手ぶらで返す訳には、いかないからな。」
話を聞きつけたローランドは、不満そうに舌打ちする。
「チッ!アイツと来たら…。おいおい、俺達だってここまで来たらもう報酬なんて…!ソクロも言ってやれ!!」
同意の口を開きかけたソクロに、ゼクは二人の方へ向き直ると全力で怒鳴りつけた。
「…バカ野郎!!!黙って受け取れ…、それが仕事なんだ!」
セトは、心配そうに語りかける。
「…人の心配も結構だが、君はどうするんだ?失われた左腕は、もう戻っては来ない…。」
その時だ、ハウシンカはラルゴに向かって声を上げる。
「ラルゴさん…!あの…、研究者としてどうてしても聞きたくて。転送機は一体何の為に、何の意味があって造られたんですか?」
ラルゴは、ゼクやハウシンカ達にゆっくりと歩み寄った。
「ああ…、あれか。あれは、多分君達だったら、じきに答えを見つけ出したと思うんだけど…。あれは邪神レミロの妄想の結晶、"エリミタフ"を、聖三位一体のフル・パワーでカトラナズの国の外に排出する為の装置だったんだ。ぼくのアイディアだったんだけど…、まさかあそこから影の国なんてモノが出来てしまうなんてね。ぼくにしても計算外だったよ。」
ゼクもこの際だからと、気になっていた事柄を質問としてラルゴにぶつける。
「ザハイムが…、蛇だったっけ?が俺達ブラック・スワンを選んだ理由は何だったんだ?」
ラルゴは、プッと笑って微笑んだ。
「レミロのご指名だったんだよゼク君、君をね…。彼女はハウシンカさんの肉体と魂を奪えば、君がいつまでも彼女の"薔薇の蕾"を味わい続けるだろうと妄想していた。そして君の心はやがてレミロに蕩けて、君の全てが彼女のモノになってしまうとね。だからどういう根拠があるのかは、わからない。ともかく彼女は、彼女の想う最高の男である君と、淫行に耽り続けて官能の頂点を極め全ての者を見下して君臨するって考えにこだわっていたみたいだよ?」
ハウシンカは、ラルゴの話を聞いて腕を組んでゼクに言い放った。
「あら、良かったじゃない?ゼク、あなたちょっとスケベだからその方がシアワセだったんじゃないの?」
ゼクは憮然としている。
「冗談じゃねー。俺にだって、選ぶ権利はあるんだぜ…。誰でもいいなんて、無理に決まってる!」
ラルゴの声が、誰しもの心に響く。
「それでゼク君。君の左腕なんだが…。」
不思議な響きの、よく通る声だ。
「ぼくに考えがある…。ぼくだって、まさかゼクくんに何も報いない訳にはいかない…。」
ラルゴは天を指した。
すると、変な声がする。
「は〜い、みなさ〜ん。歌って弾けて盛り上げちゃう!カトラナズのスーパー・ヒロイン、電気ビリビリのアシュタロトちゃんどぇ〜っす!!恥ずかしい思いをさせるコは、ズビビビーム💥でおっ仕置っきですわよ〜ん!!!」
緊張の解けない彼らは、誰も事態を飲み込めなかった。
「誘惑の悪魔アシュタロトだ…。彼女から、再生の奇跡を授かってくれ。それじゃ、ぼくは失礼するよ。さようなら…。」
ラルゴはロムスを潜り、黄金の八端十字架も掻き消えた。
アシュタロトは、栗色の髪をポニーテールにまとめている。
幼い少女の姿で、細長い目に明るく朗らかな姐御肌の表情に愛嬌があった。
白いワンピース姿にコウモリの羽を生やしていて、ワンピースの裾から蛇の尾が垂れ下がっている。
アシュタロトは、ゼク達の前にゆっくりと着地するなりしゃべり始めた。
「アタシ、ラルゴの愛人なの!つまり、二号さんってワケ。囲われちゃってるの〜!」
ゼク達は、何を言っていいのかわからない。
「彼ったら、アタシにメロッメロだから…。アタシが駆け寄ると、いつも抱き上げていい子いい子してくれるのよ!これって、大人の恋愛関係よね〜?」
ハウシンカは、ゼクにボソッと言った。
「この子、何なの…?」
アシュタロトは、懐からおしゃぶりを取り出す。
「じゃ〜ん、叡智のおしゃぶり〜!!」
セトは、真面目に聞いている様だ。
「それが、君のお気に入りなのかな?」
アシュタロトは、もう一つ懐から取り出したマーカーを振り回しながら説明する。
「このおしゃぶりをしゃぶると、あら不思議!アタシの霊に刻まれた再生の奇跡が、このペンによって"真理の書"にあっ!という間に書き込まれるのですっ!」
ローランドが、近づいて来て言った。
「そりゃ、いいやな。さっさとやってやれよ。」
ミミカも、ローランドの後ろからやって来る。
「そうですよ。私からもお願いします。」
アシュタロトは、頭をブルブル振った。
「ブー!いけません。だってアタシは悪魔ですよ?悪魔と取り引きするのに、タダって訳には参りませんわ!」
ゼクは、段々焦れてきた。
「どうしろって言うんだよ…?魂でも、寄越せって言うのか。」
アシュタロトは、モジモジする。
「あのぅ、アタシの頭をなでなでして下さい…。それで気持ちよかったら、書いてあげます!」
ハウシンカは、声を上げた。
「よかったじゃない!そんな簡単なことなら、早くしてあげなさいよ。」
ミミカも、同意見だ。
「ほんと、よかったですね。その程度で…。」
ゼクは、嫌だった。
しかし、左腕には変えられない。
よろよろとアシュタロトに近づくと、残っている右腕で頭を撫でた。
「ピキー!あんたさん、いい男ですねぇ。あらあら、いい気持ちだわ。いいでしょ…。書いてあげます。」
アシュタロトはおしゃぶりをくわえ、マーカーを振り回す。
「ブゥ…、ブゥ…、ブゥ…、ほい完了です!"真理の書"を開くと、びっくりクリスマス!新たな叡智がそこに書き込まれているでしょう…。後は、転送機と聖遺物があれば〜。ほいじゃ!」
アシュタロトはバブー!と一声上げると、空に帰って行った。
 

Black Swan -overload- 42

赤き竜は、ラルゴの姿を見ると激しく吠えた。

そして、大きく息を吸い込む。
炎の息吹が来る…!
その場にいた人々は、戦慄した。
だが、ラルゴは落ち着いている。
まるで、場違いな人の様だ。
「赤き竜…。そういうのは、もう止めよう。人が傷つくだけじゃないか。」
ラルゴは、右腕を高く掲げた。
その指先で「何か」をつまむと、一気にそれを引き抜く。
スポッ!と気持ちの良い音が響き渡ると、赤き竜の頭は巨大なくまモンの頭に変わった。
「しばらく、そうしているといい…。ミカエルとサタンがやって来るまで。」
ザハイムは、よろめきながら立ち上がる。
「この死に損ない、…だから、くたばるがいい!」
叫んだザハイムの両の瞳から、七色の光線がラルゴに向かって放たれた。
直撃だ。
だが、ラルゴは表情一つ変えない。
「母さん、昔もぼくにそうしたよね?…人を傷つける、邪眼で。その時、ぼくの半身は石の様になってしまった。でも…。」
七色の光線は、全てラルゴのみぞおちに吸い込まれていった。
「ぼくは、克服したんだ。カバラ(口伝律法)は、ぼくの前世"天に引き上げられた"エノク(ここでみなさんに、何故エノクは天に引きあげられたのか?お話します…。神さまヤハウェは…、地上で働くエノクをご覧になられこ〜想われました。…「他のヤツはおれが罰を下したから仕方なく働いてるが、ど〜やらこいつは自分の意志で働いてるらしい」それが理由でエノクは、…誰よりも早く労務から解放されたのです♪)にその起源を持つ…。あなたの名前を旧い記憶の中から見つけ出した、サマエル!」
ラルゴの体があの温かいぬくもりのある輝きに包まれ、その輝きは広がった。
その輝きは誰にとっても心地よく、心が安らぐ物だ。
だがザハイムには、違った作用をもたらす。
「ギャー!!」
全身が焼けただれていくザハイムは、地面に転がり苦しみ続けた。
ふと、ロムスは語った。
「ラルゴ、決心はついたの…?」
ラルゴは、静かに答える。
「もう、終わらせなきゃいけない…。聖書に書かれている時が満ちたんだ。もう、みんなを苦しませる訳には行かない。」
両手を天に掲げたラルゴは、みんなに呼び掛けた。
「これを見て欲しいんだ…。」
天が裂け、大空にビジョンが映し出される。
そのビジョンは例え目にしなくとも、カトラナズの者も影の国の民も、犬や猫、ハエや蚊、草木に至るまで、寝ている者も覚めている者も全ての者が観た。
場面は、土砂降りの雨の中…。
住宅街の中を歩き続けるラルゴ。
空は、深い緑色だ…。
傘も差さずずぶ濡れになっている、ラルゴがいた。
ラルゴは、神聖な口調で物語った。
「あの時、ぼくは罪を犯した…。花を散らせてしまったのだから。その罪は、とても重く感じられる…。
ぼくはね、初恋を失ったんだ。」
道路の脇に立っている杭に近づくと、ラルゴは力任せに引き抜く。
杭を放り出したラルゴは、そこに「何か」を埋めた。
「そのことを、ぼくは母さんに漏らしてしまった。嘲笑ったよね、母さんは…。」
ラルゴは、その場に再び杭を穿つ。
深緑の空を見上げると、きのこ雲を思わせる邪悪な煙が立ち昇っていた。
「ぼくの心は、死んでしまった…。行き場がなかったんだ、どこにも。ぼくは自殺って、こういうことだと思う。…恥ずかしくて、誰にも言えなかった。」
ザハイムに、ゆっくりとラルゴは近づいて行く。
「でも、もう終わりだ…。いい加減にしないと、エゴになってしまう。」
ラルゴは、ザハイムの胸に輝く手のひらを当てた。
ザハイムは喘ぎ苦しみ、やがて意味のわからない叫びを発し始める。
そうしてしばらく経つと、今度は「何か」を吐き出し続けた。
「さよなら、母さん…。」
ザハイムは「何か」を吐き出し続ける内に、無くなってしまう。
…後には、七色に発光する珠が残された。
ラルゴが息をフッと吐くと、七色の光の珠は広がり始め世界を覆っても尚、無限に広がり続けてやがて消えた…。
「エリミタフ」。
それはアートマンと呼ばれた呪い…、無明なる自我の結晶のエネルギーであった。
人々が脳に始まりを求めるのは、これが原因である。
空を見上げたラルゴは、呟いた。
「後、ドラゴンだけは何とかしないとね…。天使も悪魔も、総動員だな。」
ラルゴは、人々の方に振り返って告げる。
「心配しないで欲しい…、ぼくは幸せだから。これで、ぼくの母さんは勝美だ!お待たせ、みんな!ラグナロクも、もう終わり。天国の到来だよ…。ぼくらの気持ちは、誰かの想いで出来ているんだから。あ〜、…だから母さんのコロッケめんつゆ煮が食べたいな!!母さんなら、ぼくが風邪を引いても駆けつけてくれる…。少し甘え過ぎな気もするケド…、ぼくは甘えさせてもらえなかったから。…これで弱さを見せられる、グズったりムズがったりしたかったんだ。そこから、…本当の自分自身を見つけなけりゃならない。ゴメンね母さん、でもありがとう…。だから今愛されてるって感じるな…、何て心地いいんだろう。」
ゼクも、ローランドも、ソクロも、ミミカも、セトも、ルカーシも誰もが皆圧倒されてしまい、声一つ挙げられなかった。
それと同時にホッともした…。
ギリギリの戦いの日々の中で迎える、天国の到来。
もう本当にキツかった…。
それが天国に入る、誰しもの本音である。
カトラナズとは…。
神聖なる"ご苦労さん!!!"の意なのだから。
ヘトヘトなる「自己」に、その言葉は骨身に沁みいる…。
天国のカッコ良さは、この言葉が真剣に本気で思いっ切り言える事に尽きるだろう。
 

Black Swan -overload- 41

ハウシンカは、ためらいがちに研究員達へ指示を出している。

ハウシンカの声が途切れる度、ザハイムは視線を送った。
転送機に様々な機器が連結されていく。
人々の祈りの代わりの、代替エネルギーを送り込む仕様になっているのだ。
「三番、四番、準備O.K.です!」
技術者の声が返って来た。
ハウシンカは、ザハイムを振り返る。
「これで、準備完了です。後は、"真理の書"の詠唱を始めるだけ…。」
ザハイムは、ニッコリ微笑んだ。
「私が読むわ…。あなたは、そこにいなさい。」
研究員、技術者、騎士、村人たち、様々な人々に囲まれる中、ザハイムは詠唱を始める。
「言葉が神であるなら、神という言葉は存在しない。初めに言葉があるなら、神という言葉がなければ神は存在しない…。」
ミミカは、記録用のモニターを見詰めていた。
各装置が入力されていき、転送機にエネルギーが送られ始める。
転送が低い唸り声を挙げその音が次第に高まってくると、雲のない晴れた空に突如黒い雲が沸き、転送機に稲妻が落ちた。
人々が思わず閉じた瞳を開くと、そこにはロムスの姿がある…。
黄金の八端十字架に、ピンクと紫の雲がかかった姿だ。
人々の心に、声が響き渡る。
「私は、ロムス・ハリストス…。強引な呼び方…。」
ザハイムは、ハウシンカの手を無理に引いた。
「行くわよ、ハウシンカ。ロムスの向こうへ…。あの十字架の向こうには、聖三位一体の用意していた天国、"永遠"が待っている。そこで、レミロ様と一つになりなさい…。」
ハウシンカは、必死に抵抗する。
「止めて、それだけは絶対に嫌!殺されたって、そんな所には行かないわ!」
ザハイムはハウシンカの急所を突き、気絶させると抱きかかえた。
ロムスの声が響く。
「あなたのやり方は相変わらずね、蛇…。どれだけの人を不幸にすれば、気が済むの?」
ザハイムは、その声を無視した。
ハウシンカを抱えて、ロムスに歩み寄るザハイムを止められる者はいない。
ザハイムは、悠々と人々の前を横切って進んだ。
「待て、クソったれ女!ハウシンカを離せ!」
ゼクの声が響く。
左の肩から包帯を巻かれていて、甲冑すら着けていなかった。
ジーンズにスニーカー履きの姿で、力一杯叫んでいる。
「聞こえないのか、この尻軽!俺は、その手を離せと言ったんだ!!」
ザハイムはゆっくり振り向くと、ゼクに告げた。
「私、あなたのこと嫌いよ。早く死んでちょうだい!」
ザハイムの瞳から、七色の光が溢れ出る。
その時。
ザハイムの眉間に、矢が突き刺さった。
「くそっ、何なの!」
群衆の中から、ボウガンを振っているローランドが見える。
「俺だよ、バーカ!」
ザハイムは、そちらに光線を放とうとした。
しかし…。
「そうはさせませんよ!」
どこからともなく飛び出したソクロが、ザハイムの頭頂部を槌で打った。
「ギャッ!!」
「女性を打つのは気が引けますが、しかしあなたは許せません!」
ソクロは地面に投げ出されたハウシンカを担ぎ上げると、群衆の中に紛れ込む。
「どこへ行った!?殺してやる…。」
次の矢は、ザハイムの心臓を捉えた。
「ゲッ!」
ザハイムはよろめいて、ロムス、黄金の八端十字架に手を着く。
ニヤリと笑った、ザハイムは怒号を挙げた。
「皆殺しにしてやるぞ!赤き竜よ、お前の…。」
不意に、ロムスの向こうから手が伸びた。
その手は、ザハイムの腕を掴む。
温かいぬくもりのある輝きを放つ手のひらが、ザハイムの腕に触れるとジューッと肉の焼ける音がし、ザハイムは倒れて苦しんだ。
「もう、いいだろう…。母さん。」
黄金の八端十字架の向こうからやって来た青年は、赤いチェックのシャツを着ている。
「あれは…、絶対者ラルゴ。」
誰かの呟きだったが、誰しもが納得していた。
 

Black Swan -overload- 40

ザハイムとハウシンカは、赤き竜の頭に乗り発掘現場の上空にいた。

「さあ、そろそろ行きましょう…。楽しみね。ウズウズしちゃう。」
ザハイムは長い舌で、唇を舐める。
ハウシンカは、そんな様子を黙って見つめていた。
赤き竜は、ゆっくりと下降していく。
発掘現場の人々も、赤き竜が降りてくることに気づいた様だ。
研究員やヘムの村の中住人達は建物の中に避難し、武装した騎士達が駆け出してくる。
その中には、もちろんセトもいた。
「総員、攻撃は控えろ!まともにやり合っても、勝ち目はない…。むやみに刺激するな!」
セトは、大声で騎士達に呼び掛ける。
騎士達は大きな輪を描く様に、赤き竜を取り囲んだ。
その中心に、赤き竜は大きな地響きを立てて着地した。
「パーティーの始まりよ…。さ、私達は主賓なんだから。おめかししなくちゃ、恥ずかしいわ。」
ザハイムに手を取られたハウシンカの体は宙に浮かび上がり、騎士達の真ん中に降り立つ。
ハウシンカは、セトに向かって叫んだ。
「セト!ゼクが、ゼクが大変なの…。このままじゃ死んじゃうわ!」
セトは息を吸って、気を落ち着ける。
「ゼクくんは大丈夫だ…。既に搬送してある。医務室で手当てを受けているんだ。しかし君は、何故…?」
ハウシンカは、口ごもった。
「何故って…。私はゼクを殺すって言われて、それで仕方なく…。」
ザハイムは、二人の間に割って入った。
「そんなことどうでもいいじゃない?後で、ゆっくりお話させてあげるから…。そんなことより、私の研究員達を呼び集めてちょうだい。」
セトは、苦々しげに言った。
「ぼくが、従うとでも…?」
ザハイムは、ニッコリと微笑んだ。
「あなたに、状況が理解出来ているならね?」
セトは、ザハイム研究員達を呼んだ。
彼らを前にして、ザハイムは指をパチンと鳴らす。
地面に描かれた魔法陣のうえに、神聖な四つの聖遺物が現れた。
「これをセットなさい…。いつも、やっていた様に。急いでね?私は、もう待ちくたびれちゃったわ。」
研究員達はお互いに顔を見合わせていたが、一人、また一人と聖遺物を手に取り、転送機へと向かう。
ザハイムはセトの方へ向き直ると、明るく言った。
「じゃあ、この間に二人の関係を整理しましょうか?色々と、こじれちゃってるみたいだから…。」
ザハイムはハウシンカの喉元を押さえると、ハウシンカに呼び掛けた。
「先ず、ハウンシンカから…。ハウシンカ、あなたが好きなのは一体誰?」
ハウシンカは、首を激しく振って叫んだ。
「そんなこと言える訳ない…!」
ザハイムは、腕に力を込めた。
だが、ハウシンカは言わない。
ハウシンカの顔色が、青く変わった。
「彼女から、手を離せ!!」
セトが剣を抜くと、その足元に七色の光が走る。
「くそっ!」
セトは、踏み込めなかった。
「早く、そんな物はしまいなさい。」
セトは止むを得ず、剣を鞘に収める。
「もう…。強情ね!じゃあ、こういうのはどう?」
ザハイムはハウシンカの喉元から手を離し、その手で乳房を鷲掴みにする。
ハウシンカは激しくむせた。
それが収まるのを待って、ハウシンカの唇を舌でゆっくりと舐める。
「このまま、続けて欲しいのかしら、この娘ったら…。いいわよ、そこの元彼に最後まで見せてあげる?」
ハウシンカの背筋に冷たい物が疾る。
その頬を、涙が伝った。
「ゼク…。ゼクよ!ゴメン、セト。私はゼクが好きなの…。」
セトは、何も言わなかった。
「あら、何にも言わないの?そうよね、自分がしてることを振り返ったら、今更言うことなんて…。」
セトは、悔しそうに身を震わせている。
「あなただって、正義漢ぶってるけど…。私、というよりこの赤き竜よね。この赤き竜の報告が入った時、一番最初に何をしたの?」
セトは、ザハイムを睨みつける。
「あら、怖い顔…。そんな顔も出来るのね。言ってあげましょうか?あなたの部屋に、誰が隠れているのか。嫌ね、16のガキなんか部屋に連れ込んで…。そういうの、公私混同って言わない?」
セトは、剣に手を掛けた。
「彼女に、エマに手を出す様なことがあれば…。」
ザハイムは、見下す様に言う。
「ほら、本音が出た…。ハウシンカの時とは、随分違う剣幕ね?このロリコンさんは。」
そこにミミカが、ゆっくりと歩いて来た。
「所長…。いえ、ザハイムさん。私達で出来る準備は整いました。後は、主任の指示と"真理の書"か必要になります…。」
ザハイムは、ハウシンカに告げた。
「あらかじめ言っとくけど、この場にいる全員を焼き殺されたくないなら早くしてね。私は、あんまり気が長くないの…。いい加減、理解してちょうだい?」
ハウシンカはうつむいたまま、転送機へと向かう。

Black Swan -overload- 39

「あっ、ゼクさん!大丈夫ですか?」

捜索に出ていた騎士は、倒れているゼクを発見した。
「そんな、これはひどい…。一体誰がどうやってこんな!」
騎士は左腕の無いゼクを抱きかかえ、自分の馬に乗せた。
「見つけたか?ハウシンカ様は…。これは!一体どうしたんだ。」
駆け寄ってきたもう一人の騎士も、ゼクの無残な姿を見て声を挙げた。
「隊長…。ハウシンカ様は、わかりません。しかし、ゼクさんは重体です…。一人、人を貸して下さい。私が、ゼクさんを発掘現場に運びます!」
隊長と呼ばれた騎士は、頷いた。
「わかった。急げよ!こっちは、何とかする。ゼメト、お前も一緒に行くんだ!」
二人の騎士は、すぐに出発した。
一方のセトは、指揮を執るのに追われている。
「赤き竜、まさか本当に存在するとは!わかった…。ヴァルキリー達は、もう出発したのだな?」
ヴァルキリーは天馬に乗った女性の騎士で、投げ槍を用い主に竜退治を任務とする。
「はい。マグダレーナ、ヘロディアの娘、ベタニアのマリア、三騎士団とも既に発っております。本日中には、到着するかと。」
伝令の騎士は、淡々と伝えた。
「では、砦に待機している騎士達に伝えてくれ。港町ミルムに住んでいる人々を、オルト島から避難させる様に…。指揮は、ガムルに執らせてくれ。」
伝令の騎士は静かに頷くと、敬礼し退出する。
その頃、赤き竜に乗ったザハイムとハウシンカは、聖コノン騎士団の駐留する砦の上空にあった。
「あれは、聖コノン騎士団の砦…。何をするつもりなの!」
叫ぶハウシンカに、ザハイムはうるさそうに言った。
「ハウシンカ、いい子だから少し黙っていなさい…。私はね、パーティーの支度をしなくちゃならないの。」
赤き竜は少し高度を落とし、聖コノン騎士団の砦の真上に位置した。
「やめて、やめてよ…。」
ザハイムは表情を変えずに、赤き竜に命令を下す。
「さ、赤き竜。お前の力を見せておやり…。騎士なんて、何も出来ない無力な存在なんだって思い知らせてやるのよ。」
砦からは、一斉に騎士達が出て来た。
だが、何もすることは出来ない。
精々何人かが、矢を放つ程度のことだ。
赤き竜は、大きく息を吸い込む。
「グワァー!!」
天も裂けるばかりの咆哮と共に、巨大な炎の柱を噴き出した。
騎士達は砦と共に、無残にも吹き飛ばされてしまう。
セトは、現場で指揮を執るルカーシを呼び止めた。
「ルカーシ、お前はヘムの村の住人達を避難させてくれ!ぼくは、引き続きザハイムの研究員達を避難させる。」
ルカーシは、大きな声で応じた。
「わかりました!早速、ヘムの村に向かいます。第三小隊、集合!ヘムの村に向かう。」
そこに、新たな伝令の騎士が到着した。
騎士は、血相を変えている。
「どうした、何かあったのか!?」
騎士は、息を切らせながら報告した。
「つい先ほど…、赤き竜によって我等の砦が、砦が…。」
セトは気を強く持たせる為に、叱咤した。
「どうした、ハッキリ言え!」
騎士は、力を振り絞る様に報告した。
「赤き竜の一撃で、砦は失われました…。」
セトは、見た目にわかる程動揺した。
しかしその動揺を知らせない様、毅然として振る舞う。
「それで生存者は…?」
騎士の返事には、全く力がなかった。
「いません…。全滅です。」
それから、少し時間が経つ。
既に発掘現場を出発していたミミカ達は、港町ミルムに来ていた。
先程の赤き竜の咆哮と炎の息吹を目の当たりにした住民は動揺し、こぞって船で脱出しようとしている。
騎士達は混乱する住民達を落ちついて避難させる為、走り回っては大声を張り上げていた。
ミミカ達は、先導している騎士に守られながら、一隻の船に乗り込もうとしているところだ。
タラップが降ろされ、乗船の準備が整う。
「さ、乗って下さい…。ちょっと待って、あれはブラック・ドラゴン!」
船の上空に、黒い影が舞っている。
ブラック・ドラゴンには、竜達を統べる影の国の将軍ウリエスが乗っていた。
「やれ、ブラック・ドラゴン!」
ブラック・ドラゴンは、赤き竜に比べると三分の一程度の大きさしかないが、それでも人間に比べれば遥かに巨大だ。
甲高い叫びを挙げると、酸の息を吐き出す。
その一撃を受け、船は真っ二つに裂けて海に沈んだ。
「そんな…。」
ミミカは、力が抜けた。
「まだ、来るぞ!」
誰かが叫ぶ。
緑の鱗をした竜達が次々と降下し、毒の息で港の船を次々と沈めて行く…。
船はこれから人が乗り込もうとする物もあったし、既に満員だった物もある。
「ふん、弱々しい物だな。四頭は俺について来い…。ヴァルキリー達を蹴散らすぞ!残った奴等は、出て行った船を沈めろ。もちろん、入ってくる船もだ!」
竜達は、飛び去っていった。
先導していた騎士は、力なくうなだれているミミカ達を励ます様に言った。
「一度、発掘現場に戻りましょう…。あそこには、大勢の騎士がいますからここよりは安全です。」
誰も、どうしたらいいのかなどわからなかった。
とにかく、いいと思われる「何か」を選ぶより仕方がないのだ。
 
 
 

Black Swan -overload- 38

ここは影の国の中心にあたる城、「黒き子宮」。

最上階の王の間では、クリングゾール王が玉座に座り配下の者を待っていた。
影の国は、太陽が銀色で明るい光が射すことはない。
空はいつも不吉に赤く、銀色の太陽は決して沈まないのだ。
王の間も、青黒い闇に支配され明かりは灯っていない…。
そこには、竜の生首が飾られていた。
王の間の扉が開かれ、巨大な体の異形の者が入って来た。
上半身は人間だが、巨人と言っても差し支えない身長で、下半身はサソリである。
そして何より異様なのは、左腕がサソリの毒針になっていたことだ。
「お呼びでしょうか?ウリエスでございます。」
クリングゾール王は、不機嫌そうに言った。
「遅いではないか、ウリエスよ。私がお前を呼んでから、どれほどの時が経ったであろう?お前を呼んだ用も、無用になってしまうではないか!」
ウリエスは、巨大な頭を下げた。
「申し訳ございません。一頭の竜が大人しくなりませんで…。縊り殺していたのです。」
クリングゾール王は、つまらないそうに聞いていた。
「言い訳はよい…。出撃だ。オルト島に行け。」
ウリエスは、詳しく聞き出そうと努力した。
「そうは言われましても…。どれほどの戦力で、時期はいつに致しましょう?」
クリングゾール王は、癇癪を起こした。
「今すぐに、決まっておろう!戦力だと…?全軍である!お前が面倒を見ている、全ての竜だ。今のこの状況がわからんのか?」
ウリエスは、辟易した。
「申し訳ありません。竜共の世話が忙しく、全体の戦況までは頭が回らず…。」
クリングゾール王は気が変わり、違う話をする。
「そう言えば、お前の弟のな、狗香炉がいたろう?悪霊の騎士を率いていた…。」
ウリエスは、嫌な予感がした。
「狗香炉に何かありましたか?まさか、手落ちでも…?」
クリングゾール王は、ニヤニヤ笑う。
「ハッハッハ!滅んだよ。オルト島でな!」
ウリエスは、ショックを受けた。
影の国の者達でも、感情が無いわけではない。
胸を痛めたりはしないが、家族への愛着は存在する。
「そうですか…。死に様は、立派でしたか?」
クリングゾール王は、唾を吐いた。
「立派なものか!犬死だ…。犬コロのあいつに、相応しいだろう?」
ウリエスは、それでも逆らおうとは思わない。
影の国では、生まれた順序は絶対だ。
クリングゾール王は、尊大に言った。
「弟の末路が理解できたら、とっとと行くがよい!全軍を率いて、オルト島に向かった我が腹心、蛇と赤き竜に合流せよ!」
ウリエスは、考えている。
全ての竜を出撃させる…。
我等がこれだけ大きく動けば、必ず天使達やカトラナズについた悪魔達が動き出すだろう。
一気に片を着けなければならない…。
ウリエスは、深く頭を下げた。
「御意に…。」
ウリエスが退出すると、クリングゾール王は脇に控えている魔導士を呼んだ。
「次は、ルネだ。ルネを呼べ、早く!」
魔導士は、奇怪な詠唱を始める。
すると絨毯の上に、赤く黄色い光が奔り魔法陣が現れた。
魔導士は、尚も呪文の詠唱を続ける。
やがて、漆黒の鎧をまとった一人の騎士が現れた。
「よく来たな、ルネよ…。」
ルネと呼ばれた騎士は、長い銀色の髪を後ろで束ねている。
肌はダーク・エルフ特有の青白い肌で、顔立ちは端正だった。
「お呼びでしょうか?クリングゾール様…。」
ルネは高い身長を低く屈めて、跪く。
クリングゾールは、そうしたルネの態度に満足そうだ。
「ルネよ。お前に、悪霊の騎士全軍を任せる。活躍を期待しておるぞ…。」
ルネは巧みに、クリングゾール王に取り入る。
「狗香炉は、どうしました?悪霊の騎士は、狗香炉にお任せになっていた筈では…。」
クリングゾール王は、我が意を得たりとばかりに語り始めた。
「あいつはにはな、わざと達成出来ない任務を与えたのだ…。全体の十分の一にも満たない兵力で、オルト島の占拠を命じた。何故だか、わかるか?」
ルネは、身を一際低く屈めた。
「ご深意、計りかねます…。」
クリングゾール王は、気分良く話を続ける。
「そうだろう、そうだろう!あいつはな、愚かにもこの私に意見したのだ。もっと、兵達を大切にしろなどと抜かしおった!ふざけた話ではないか?造ったのは私だ。どう使おうが、わたしの勝手ではないか!」
ルネは、顔を上げた。
「お話、至極もっともでございます。思えば、あの狗香炉は愚かでした。全体の戦局を見ず、瑣末な事柄にばかりこだわり…。」
クリングゾール王は、充分納得出来た。
「そうだ、奴には大局的な視点がない…!なあ、ルネよ。お前はあの、犬コロと同じ間違いはするなよ?誰を敬わなければならないのか、よく考えろ…。」
ルネは、再び面を下げた。
「我等にとって、何より尊いのはレミロ様。そして、蛇…。今はザハイムとお名乗りでしたな。しかしその全てを造り、全てを始められたのは、クリングゾール王であらせられます。」
クリングゾール王は有頂天になり、王笏を振り上げた。
「その通りだ!やはり、お前という男は物がわかっておる…。これからも、このクリングゾール王に尽くせ!」
ルネは、丁重に頭を下げた。
「仰せのままに…。」
ルネは王の間を退き、扉を閉めると呟いた。
「フン、豚め…!精々、いい気になっているがいい。」
 

Black Swan -overload- 37

ゼクとハウシンカは、山道を急いでいる。

ハウシンカは、異変を感じて空を見上げた。

「ゼク、ねえゼク。あれは…、一体?」
ゼクは気づかなかった。
「急げよ、ハウシンカ。日が暮れちまうぞ。」
その「何か」は、段々と大きくなってくる。
「変だよ、ゼク。空に竜が…。」
ゼクも空を見上げる。
「あれは…、赤き竜!真っ直ぐ向かってくるぞ。」
ゼクは、ハウシンカの手を引いて走った。
その行く手を阻む様に、赤き竜は着地する。
ものすごい地響きと共に、押し潰された木々がバキバキと音を立てた。
「は〜い、お二人さん。ご用があるの。少し、待ってくれない?」
ザハイムは、赤き竜の上から言った。
ゼクは逃げ道を探したが、赤き竜は脅す様に大きな口を開ける。
「所長…。」
ハウシンカは、自分の目で見ている物が信じられなかった。
「へっ!ようやく、正体を現しやがったな。」
ゼクは、抜刀する。
「そんな物でどうしようっていうの?少しはいい男かと思ったら…、とんだおバカさんね。」
ザハイムは、赤き竜から浮かぶ様に着地した。
「さ、ハウシンカ。私と一緒にいらっしゃい…。研究の、総仕上げよ。」
ハウシンカは、ゼクの陰に隠れた。
「何が、目的だ!?」
ゼクは、大喝した。
「いやねぇ、大きな声なんか出して…。あなたになんて、話したって仕様がないじゃない?さ、坊や。いい子だから、ハウシンカを渡してちょうだい。」
ゼクは、ザハイムに向かって駆け出した。
勿論斬るつもりだ。
「バカは嫌ね。これだけ私を見詰めてるのに勃起しないなんてあなた不能なの?」
ザハイムが目を見開くと、両の瞳に七色に輝く光が溢れた。
「…!!」
ゼクは、恐怖を感じた。
とっさに体の向きを変えるが、間に合わない。
ザハイムの瞳から光線が放たれ、ゼクの左腕を切断した。
「ぐわあっ!」
ゼクは転倒して、痛みとショックでのたうちまわる。
「これが、罪の力よ。あら、あんまり声を挙げないのね。いいわ、そういう人って…。もっと、苦しみたい?あなた…、私がイヤなんでしょ?だったら私、レミロ様に代わってちょっとつまみ喰いさせてもらおうかしら…。」
「ゼク!!」
ハウシンカは、ゼクに駆け寄った。
傷口から、出血が止まらない。
手当の方法などわからなかったが、着ていた上着を縛り付け出血を止めようとした。
「行きましょ、ハウシンカ。あなたが必要なのよ。」
ザハイムは、まるで媚びる様に言った。
「もしあなたに殺されたって、"真理の書"は渡さないわ!」
ハウシンカは、キッパリと拒んだ。
「あら、勘違いしないでよね。私が欲しいのは、"真理の書"だけじゃないわ…。あなたの体と、た・ま・し・い!」
ザハイムは、長い舌をチロチロ出した。
「バカじゃないの!そんなの、あげられる訳ないじゃない!」
ザハイムは、ハウシンカにゆっくりと歩み寄った。
「近づかないで!私だって、戦えるんだから…。」
ハウシンカは、地面に転がっているゼクの刀を拾い上げる。
「教えてあげるわ…。あなたはね、我らの奉ずるレミロ様がこの世界に姿を現わす為に必要なの。」
ザハイムは、"吉祥天"の切っ先を素手で掴む。
ハウシンカは、刀を動かすことが出来なかった。
「あなたの体と魂に、月の裏側に封印されたレミロ様の霊を移植する…。あなたはあなたであったことを忘れてしまうけど、いいじゃない?あなた、神になれるのよ。」
ハウシンカは、徐々に恐怖を実感して来ている。
「そんなこと、出来る訳…。」
ザハイムは、ニッコリ笑った。
「あら、簡単よ。ロムスの力があれば…。あのラルゴだって、自分の母親を造り変えたのよ?血の繋がった実の母親を、イサクにしてしまったの。私達は、それに倣うだけ…。大丈夫、あなたの想いは全てレミロ様が引き継ぐわ。あの男だって、その方が満足出来る。」
ザハイムは、ハウシンカの体を抱きしめた。
ザハイムの体は冷たく、ハウシンカの呼吸は止まりそうだ。
「嫌、そんなの。止めて、お願い…。」
ザハイムは、ハウシンカの体をきつく抱いた。
そしてそっと口づけし、舌をゆっくり唇に這わせると離した。
「あの男を殺すわよ?時間をかけて、ゆっくりと…。あなたの目の前で犯して、全て吸い尽くしてあげる。"私をたっぷり犯してご覧なさいな、いい男さん"てね。私を満足させられるかしら、この"いい男"さんは。どちらにしたって、もう私の快楽の園にしかいられない…。後は、堕落していくだけ。彼が私という淫らさに溺れていく様、見たくはないかしら?彼の全てが、私の中へと消えて行くの…。あなたの事なんて、想像もしなくなる。淫らさに蕩ければ、魂なんてすぐ無くなっちゃうんだから…。傷口を、…舐め取るのよ…だから。…私の舌って細くて長いでしょ?これで男の人の尿道の中に割って入るのよ、そして内側からなめてあげる⛲️だから♪ウフフ…見たい、ハウシンカ?…あなたの口から言えたら、君臨してあげてもいいケド…。だから、…選ばせて欲しい?だから…そうじゃなきゃ、リリムたちのエサにするっていうのもいいわね。」
ハウシンカは背筋が凍りつき、全身の力が抜けてしまった。
「わかった。わかりました…。あなたと一緒に、行きます。」
ザハイムに手を取られると、ハウシンカの体は宙に浮く。
「いいわ、そういう所が私は気に入ったの…。ウフフ…、ゼクなんか殺したりはしないわ。ただ遊びながら、体にしつけてあげようかと思ったのよ。レミロ様に献上する前にね。いい子になって、ちゃぁんと私の言う事が聞ける様に…。だっていいじゃない?私だって、少しぐらい愉しんだって…。アハハ…、想像してるだけで気持ち良くなってヘンな気持ちになってきちゃった。あなた知ってる、…私って口が性器なんだから?…今私の口から滴るのは、よだれじゃなくてよ。舌の先から流れ出てるの…、何だからわかる?あ〜んな気の強い男が私の言うなりになったら、もう正気じゃいられないわ…!飼育してあげても、いいかもね?それだから究極のオルガズムを味わって…全世界中の存在を…、惨めさのドン底に突き落としてあげようかしら!!枚挙に太巻きだから一心不乱に徹頭徹尾不眠不休のお出掛けはお控え下さいだわ!私ホントはちょっとマゾだから…、大きい人が大好きなの。ゼクくんなら、私のコト充してくれるかも…?それともハウシンカ、…あなたが私のコト。…そんなの無理よね、いいわあなたのコトたくさん愉しんであげる。エルフ特有の高い知性と引き締まった豊かな体。それに、力の無い弱々しい心。いつまでも私の"この"脚で、どこまでもぐちゃぐちゃにかき回して跡形も無く踏みにじってあげるわ…。あなたの感じる快楽を。…感じるわよ。どう、…堕落したい?私の舌はあなたがひた隠しにする、"愛の泉"までちゃ〜んと届いてグリグリ出来るんだから…♪楽しみにしてて。」
ハウシンカは、呟いた。
「ゴメン、ゼク…。私はやっぱり、心が弱いのかも知れない。」
でも、どうしてもそうは思いたくなかった…。
飲み込めない、…塵芥!!
私は…、お父様の娘なんだから…!!
ゼクは、もう既に意識を失っている。