MF from Hell/The Datsuns…
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは庄助、おばあさんはお春、といいます。
二人は、よく喧嘩もしましたが、仲良く暮らしていました。
しかし、人はいつまでも生きている、という訳には参りません。
ある日、おじいさんは風邪をこじらせて、亡くなってしまいました。
今日、12月25日にそのお葬式が、執り行われたのです。
お春、帰っていくお客様を、玄関先で送り出しながら。
「遠いところをご足労様でした。お気をつけてお帰りください。
今日は、お忙しいところをわざわざ、ありがとうございます。
お気を付けて…、ええ、ええ、私は大丈夫ですから…。」
お春、玄関の戸を閉める。
お春「これで、最後のお客様もお帰りになった。ああ、とても忙しい日だったわ。私もついに一人になってしまったけど…、まあお茶でも飲みましょうか。」
お春居間に座り、お茶を淹れてすする。
お春「お葬式って、何度やっても大変ね。忙しくて、バタバタして…。ゆっくりと悲しんでる暇もない。でも、却ってそれがいいのかも知れない。もし庄助さんが亡くなってすぐに、こうしてお茶でも飲んでいたら、私の心は、悲しみに挫けてしまったでしょう…。」
お春、居間を見回しながら。
お春「庄助さん…。私達の暮らしは、お金はいつも少ししか無かったから、食べていくだけで精一杯だった。でも庄助さんは、頑固だけど優しい人。いつも、幸せだった…。この居間には、その幸福が溢れている。けれども、私はもう一人。息子は、遠くの家で家庭を持っている。孫達も、スクスク育っているけれど…。これから私は、どうなるのかしら?お金だって、そうある訳ではないし。」
お春、湯のみと急須を、台所に持っていく。
お春「庄助さんは、お酒も飲まなければ、煙草も吸わない。それでいて、いつも誰より働いて、仕事が終われば、真っ直ぐ家に帰って来る。私は、そんな庄助さんに、安心して暮らしていたけど、庄助さん自身は、果たしてどうだったのかしら?いつも、子供の面倒だって見てくれていたし…。本当に真面目な人だった。」
お春、ふと、洗い物をする手を止めて。
お春「そういえば…、そういえば、そうだわ。昔、私には、惚れた人がいたんだっけ…。名前は…、そう新三さん。」
お春、遠くを見つめながら。
お春「今頃、どうしてるかなあ…。私は、親の言い付けで、庄助さんと一緒になったんだっけ。もし、私があの時、新三さんの元に嫁いでいたら…。」
お春、自分の思いつきに、恐ろしくなり身震いする。
お春「駄目よ、そんな事考えちゃ。想像するだけでも、恐ろしい…。でも、もし、もし私があの時、親の言い付けに背いて、新三さんと一緒になっていたら、今のこの人生より、もっと幸せな人生が待っていたんじゃないかしら!ああ…、胸が苦しい。考えれば考える程、思いは募っていく。」