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金太郎 中編

ある日、賢い子ギツネが、金太郎に相談を、持ちかけました。

子ギツネ「金太郎さん、金太郎さん。この足柄山の奥深くに、一つの温泉があるのを、ご存知ですか?」

金太郎「何だ、子ギツネ。そんな事は、俺は知らん。大体、風呂なんぞに浸かって、何が楽しいと言うのだ?もっと、面白い話をしろ。全く、下らん。」

子ギツネは、好色そうに笑い、こう言いました。

子ギツネ「金太郎さん、あなたは何もわかっておられない。なに、私の話は、これからですよ。その温泉には、天の天女様が、入られに来るというのです。それはもう、大変にお美しいと評判で…。これでもあなたは、興味をお持ちになりませんか?」

金太郎「それを早く言え、この子ギツネ!俺は今まで、人間の娘さえ、まともに見た事が、ない。それが天女ともなれば…、これは楽しみだ!」

こうして金太郎は、仲間を連れ立って、出掛けました。

山奥の温泉では、噂通り天女様が、湯浴みをして、おられました。

子ギツネ「見えますか、金太郎さん?いやあ、噂に違わぬ美しさ、たまりませんなあ。」

金太郎「う〜ん、子ギツネ。湯煙の陰になって、よく見えん。もっと近づけば、よく見えるのか?」

しかし、金太郎が動いた物音を、聞き逃さなかった者が、おりました。

熊「こらっ、この不届き者ども!貴様ら、ここで何をしている!?」

天女「熊八、どうしたのです?何が、あったのですか?」

熊八「天女様、この物陰に、早くお入りください!ここで、この不届き者めらが、天女様の湯浴みを、覗いておったのです!」

熊は、金太郎とその仲間達に、向き直って吠えました。

熊八「貴様ら、ここでこんな事をして、ただで済むと思うなよ!このお方が、どれだけ高貴なお方か、果たしてお前ら、本当にわかっておるのか!?」

熊の大喝が、足柄山の山中に、響き渡りました。

動物達は、山の王者が怒り狂っているのを見て、皆震え上がってしまいました。

しかし、金太郎は茂みからゆっくりと立ち上がり、こう言いました。

金太郎「ふん、ピーチクパーチクと、能書きの多い奴だ。おい、お前。弱い犬ほど、よく吠えるという諺を、知っておるか?最もお前は、熊に違いないが…。」

熊「お前は、人間か。こんな山奥に、珍しい。さては貴様、金太郎とかいう小僧だな?」

金太郎「俺の名を、知っているのか。では、恐るがいい。この山で一等強い者と言えば、それはこの金太郎なのだから!」

熊「お前の名前は、よく聞いている。この足柄山で悪さばかりしている、ろくでなしのはなたれ小僧がいるとな!ちょうどいい機会だ。お前のその鼻っ柱をへし折り、礼節とは何か、その身に叩き込んでくれよう!」

二人は早速、相撲を取り始めました。

しかし、二人の力は互角で、ピクリとも動きません。

段々二人とも、ダラダラと汗を流し始めました。それでもお互い、一歩も譲ろうとは、しません。

そうこうしているうちに、日も暮れ、月が登り始めました。

金太郎「おい、熊公!俺の力は、まだまだこんな物じゃない。だがお前は、もうそろそろ限界なんじゃないのか?」

熊「だまれ、小僧!そんな余計な口を利くのは、弱って力がなくなっている証拠だ。今降参すれば、土下座だけですませてやるぞ!」

二人の力は、本当に全くの互角で、組み合った姿勢のまま、三日三晩がたってしまいました。

見るに見かねて、天女様はこう言いました。

天女「熊八、もう意地を張るのは、いい加減になさい。もういいでは、ありませんか。私が侮蔑された事は、私が堪えればいいだけの事。そなたに、そんな苦労をかけるのは、私の本意ではありません。」

熊「しかし、天女様…。」

その隙を、金太郎は見逃しませんでした。

金太郎「呑気な野郎だ、それ、隙ありだ!」

金太郎は、稲妻が閃く様に、素早く熊を地面に転がしました。

天女「勝負、ありました。見事です、金太郎。褒美に人間には決して手に入れることの出来ない、天の酒をそなたに贈りましょう。」

金太郎は、真っ直ぐに天女様を見据えて、こう答えました。

金太郎「褒美の天の酒は、ありがたく頂きます。しかし、天女様。天の者であろうと、女は女。男同士の意地の張り合いに、口を挟んじゃいけません。女はとかく、争いを避けたがるが、男が生きるには、そんな綺麗事じゃ済まされんのです。」

天女様は、呆気に取られて言いました。

天女「ホホホ、人間風情が、生意気な事を言いよる。しかし、熊八。なかなかいい男に、負かされたようですね。熊八よ、私の言いつけ通り、天の酒をこの者に、贈りなさい。金太郎よ、あなたの男振りに免じて、今日の事は全て許してあげる。では、御機嫌よう!」

天女様は天に帰られ、後には金太郎と熊、それに動物達が残されました。

熊「おい、小僧。さっき貴様が言ったこと、あれはお前の本心だと、心から天に誓えるか?」

金太郎は、熊の方に一瞥もくれずに、こう答えました。

金太郎「今言ったことだと?俺は、何も憶えていないぞ。それより、熊公。天の酒とやらは、お前が持っているのか?」

熊八「ああ、私の洞穴に寝かせてある。あそこは、気温も湿度も、ちょうどいいからな…。だが、お前はまだ子供だ!いくら、天女様の言いつけとはいえ、子供に酒を飲ませるわけには、いかん。」

金太郎は、苦々しそうに言いました。

金太郎「お前は、本当に頭の固い、口うるさい奴だ!そんな事は、俺でもわかっている。俺が長じて、もしお前のブサイクな面を憶えていたら、飲みに行ってやる。では、俺も帰るとしよう。」