真夏の夜の夢 3

伝次郎の席にも、豪華な料理が運ばれてきました。

伝次郎「こりゃあ、何だべ?これが料理だって、言うだか…。」

熱い鉄板の上で、分厚いステーキ肉が、ジュウジュウと音を立てて、焼けていました。

伝次郎「鉄板の上で、何かが焼けてるのは、おらにもわかるべ。だがこりゃ、おらの目には木の板にしか、見えねぇだよ。アメさんは、木の板を食うんだべか?」

伝次郎は、給仕の男に質問を、ぶつけました。

伝次郎「なあお前さん、おらのところには、こんなクソでかい木の板が運ばれてきただが、これは何かの、間違えでねぇだろか?」

給仕「これは、特上の霜降り、黒毛和牛のステーキで、ございます。」

伝次郎「う、ううん…。とりあえず、これは食べ物なんだべな?じゃあ、食ってみっか。どうやって、食らったらよかんべか?教えてくろ。」

伝次郎は、食べ方を習って、早速一口頬張りました。

伝次郎「こ、こりゃあすげぇだ!肉の、丸ごと肉の塊だんべ。汁が、どんどん染み出してくるだ。それに、何て柔けぇんだべ。おら、噛んでもいねぇのに、舌の上でとろけて、なくなっちまうだ!この脂身も、すごいだ。よくよく乗っていて、甘くて口の中に旨味が、広がっていくだぁ…。」

伝次郎は、涙を流して喜びました。

伝次郎「おらが今まで食ってたモンは、一体なんだったんだべ…。貧しくて、惨めたらしくて。おら、こんなんだったら、毎日食っても飽きねぇだ。よし、おらはこの館に、住まわせてもらうだ!これからずっと、ここにいるだよ。おい、お前さん!もう一皿頼むだ。こんな美味いにくなら、おら何皿でも食えるだ〜!」

伝次郎は、ビフテキのあまりの美味さに、有頂天になってしまいました。

しかし、この館に招かれる幸せは、まだこれだけでは、なかったのです。

伝次郎「ん、そういえば、この赤い飲み物はなんだべ?ワイン?ああ、葡萄酒のことだべか…。おら、うちで作った、どぶろくしか飲んだことねぇだでよ。どれどれ…。」

伝次郎は、水でも飲む様に、ゴクゴクと一気に飲み干してしまいました。

伝次郎「何だべ…、この味は。甘い様な、苦い様な。コクがあって、奥深い味だべな…。しかし、何を言ってところで、おらはこの味に、心が引き付けられてるだ。もう、この飲み物無しでは、おらいらんねぇ。神様が、作った味なんだべ。この味ときたら…。」

伝次郎は、大声で叫びました。

伝次郎「お〜い、もう一杯、持ってくるだよ!何?赤、白?そんなん、わからねぇだ。どっちでもええ。どっちも、もってくるだぁ〜!」

この様子を、陰で見ていたルシファーと蛇は、ほくそ笑んでいました。

ルシファー「ククク…、バカ者どもめ!私の振る舞いに預かるものは、少しずつ自らの魂を失っていき、やがては完全に、私のしもべとなっていくものを。蛇よ、お前の策は、素晴らしい!地上の、戦士達の魂を堕落させ、地獄の軍団を強くするという策はな。」

蛇「そうでございましょう、ルシファー様!地獄広しといえども、私程の知恵者は、まずおりますまい。もうすぐですぞ、ルシファー様。もうすぐ戦力が整い、天使どもの軍団を打ち負かし、あのキリストを天国の玉座から引き摺り下ろして、あなた様がそこに座り、世界に、全宇宙に君臨するのです!」

ルシファー「フハハハハ!素晴らしい、素晴らしすぎるぞ、蛇よ!私はもはや、その日を待っていることなど、出来ん。神よ、キリストよ見ておれよ。サタンが滅ぼされて、2000年。その間、我らが舐めさせられた苦渋を、今度は貴様らが舐める番が、来たのだ!」

しかしルシファーは、急に苦い顔になって、言いました。

ルシファー「しかし、蛇よ。何だあの、伝次郎とかいう者は?」

蛇「は…?」

ルシファー「わからんか…?何故、あの様な者を、我が館に招いたのだ?あんな醜い、豚の様な男を。私は、力ある美しい者が好みだと、そう言っておいた筈だ。あの様な者は、私のしもべとなるのに、相応しくない…。フン、だが魂には、違いないか。それなら、地獄の便所掃除でも、やらせてやるとするか!蛇よ。これ以上の失策は許されんから、 そう思え。」

蛇「御意にございます、ルシファー様…。」

しかし、蛇は一人になると、こう言いました。

蛇「何を言ってやがる、ルシファーの野郎め!ただ、力があるだけで、俺の知恵がなけりゃ、何一つ出来やがらない、馬鹿ったれの能無しのくせしやがって!」

蛇は、興奮したことを恥ずかしく思い、息を整えて、こう言いました。

蛇「まあ、いいさ。今の内は、おだてておくことだ。だが、見ておれ。きっと、見ておれよ!いずれ地獄の王として、あの玉座に座るのは、この俺様なのだから!」