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真夏の夜の夢 9

アリス「このルシファーの館に招かれる者は、皆遠くない将来…、いえ、近い未来に死すべき定の、者達なのです。」

伝次郎は、びっくりして声を上げました。

伝次郎「えっ!?この館に来ると、皆ころされちまうだか!」

アリスは、ゆっくりと首を振り、言いました。

アリス「いえ、そうではありません。ルシファーが、手を下すわけでは、ないのです。そうではなくて、ルシファーは、元々死すべき運命の者を、館に招いているのです…。皆、馬鹿ではありません。ルシファーの腹黒い目論見にも、何となく気付いてはいるのです。しかし、ルシファーの力が無ければ、自分達は死んでしまう…。」

伝次郎は、まるで他人事の様に、言いました。

伝次郎「そうだったんだべか…。それは、気の毒なことだべ。」

アリス「それは、私達とて同じ事。もし、あなた様がルシファーを倒し、この館を出られたとすれば、あなた様は、元いた戦場で、命を落とされるのです。」

伝次郎「うんうん、そうだべそうだべ。わかるよ…。」

アリス「だから、伝次郎様。あなた様が、死を逃れる方法は一つしか、ありません。それは、あの堕天使ルシファーの力を、全てその身に受け入れて、その忠実なしもべとなる事です。」

伝次郎は、頷きました。

伝次郎「そうだべな。きっと、そうだろうと、おら思ったよ。」

アリス「ルシファーのしもべとなった者は、永遠の快楽と、不死の肉体を、手に入れます。変わるのは、体だけでは、ありません。心も、人間の時のそれとは、変化するのです。」

伝次郎「聞いてるだけなら、美味しい話なんだべが…。」

アリス「ルシファーのしもべ達には、悩みや苦しみ、悲しみや辛さといった感情が、なくなってしまうのです。煩悩は、ありのままの姿をとり、全ての欲望がそのままに、湧き出してきます。そして、他者の苦悩や、葛藤といった物を踏みにじる事で、無上の喜びが、得られるのです…。どうでしょうか、伝次郎様?このお話は、間も無く死んでいく者にとって、魅力的なお話では、ありませんか?」

伝次郎「続けてくろ。」

アリス「やがて、ルシファーのしもべとなった者は、全ての希望を失います。快楽だけを永遠に求め続け、他者の苦しみだけを、無限に生み続けるのです。」

アリスは大粒の涙を、ぼろぼろこぼしながら続けました。

アリス「その体には、その心には、もう何も残っていないのです。敬愛する神様も、懐かしい両親も、酒を酌み交わした友の顔も、優しく抱いてくれた愛する人の腕も、何もかもが!」

泣き崩れるアリスを、伝次郎は優しく受け止めました。

伝次郎「うんうん、おらにもわかるだよ…。辛かったんだな、アリス。」

アリス「最後に失うのは、自分自身の名前です…。この館に残っている者は、皆亡霊のような者…。でも、でも…、そこにあなたが、現れた…。」

伝次郎「こら、アリス。おら、何もしてねぇだよ。ウトウトしながら、お前の話を、聞いてただけだあ。」

アリスは、伝次郎から、身を引き離し、こう言いました。

アリス「これで私の話は、終わりでございます…。伝次郎様、それでもあなた様は、ルシファーと戦うおつもりですか…?」

伝次郎は、何でもなく言いました。

伝次郎「ああ、おっ母が心配するからな。それに…。」

アリスは、しゃくりあげながら、問い返しました。

アリス「それに…?」

伝次郎「お前さんを、ここで苦しませておくわけには、やはりいくまいて。おら達の行く手には、いずれにしろ死しか、ねぇだ。それでもアリス、おらんところに、嫁に来るだか?」

アリスは、もう天にも昇る心地で、答えました。

アリス「もちろんで、ございます。あなた様は、身の回りのだらしない人。私が、お世話しなければ、人前には出せません…。」

伝次郎「この非常時に、何を冗談言っとるだよ。全く女子というやつは、気が弱いんだか、肝が座っとるんだか、さっぱりわからん…。それはそうと、あのルシファーを、倒さにゃいかん。銃も通用しないとなると…、一体どうしたもんだべか?」

アリス「ルシファーの力は強大で、その身に弱点など、ございません。

古の英雄でしたら、酒に酔わせたり、よく鍛えた鋭い剣を用いるのでしょうが…、そんな物は持ち合わせが、ございませんし…。」

伝次郎の顔が、希望に晴れ渡りました。

伝次郎「酔わせる…?そうだべ、いいこと思いついただ!まだ、上手くいくかはわからんが…。お前さん、あの蛇の部屋は、わかっか?」

アリスは、不思議そうに尋ねました。

アリス「あの嫌らしい蛇に、何の御用があますの?わかるにはわかりますし、鍵もご準備出来ますが…。」

伝次郎「ふふん。まあ、それは秘密だで!よしよし、楽しみにしていろよ。あのルシファーに、一泡吹かせてやるだ!」

アリス「私には、よくわかりませんが…、ご武運をお祈りしております。どうか、お気を付けて…。」