春の嵐 中編

しかしある日、アベルが水を汲んで行くと、ノアは成長していて、アベルと同じくらいの年に、なっていました。

ノア「おはよう、アベル。どうしたの?私の花びらに、何かついてる?」

アベル「そうじゃないけど…。」

ノア「じゃあ、どうしたのよ!私の事、じっと見て…。わあ、嬉しい!また、水を汲んで来てくれたのね。私晴れた日は、いつもアベルが来るのを、楽しみに待ってるのよ!」

アベルは、そう言われて嬉しい気持ちと、ノアの成長の、あまりの早さに困惑した気持ちとが、ないまぜになっていました。

アベルは、父パーンに相談しました。

アベル「父さん。ぼく、好きな子がいるんだ…。」

パーン「おお、そうか。さては最近、早起きしていそいそ出掛けて行くのは、それが原因だったんだな!そりゃあいい事だ、アベル。神にとっても、人にとっても、恋は元気の源だからな。恋していれば、朝昇る太陽も、夜瞬く星々も、そりゃあ美しく見える。そうか、お前もそんな年になったんだな…。で、相手はどこかの神か?それとも、村の娘か?どうなんだ、アベル?」

アベルは、うつむいて答えました。

アベル「花の、精なんだ…。」

パーン「花の精か…。そりゃあ、いかんなあ。お前は、死んだ母さんが人間だったから、半分は人間だが、半分はわしの血を引いて、神なんだ。花の精の位は、とても低い。とてもお前に釣り合うとは、わしは思えんよ。」

アベルは、食い下がりました。

アベル「でも、父さん!本当に、好きなんだ。」

パーン「うむ。お前がその気なら、わしは構わん。だが、もっと大事な問題がある。花の寿命は、せいぜい春の間だけ。その間に、あっという間に大人になり、そして死んでしまう。それに対して、お前は半神だから、千年は生きる。その分、成長は遅い。一緒にいられるのは、せいぜい数ヶ月。その上、お前が子供でいる間に、向こうは結婚して、種を残さなきゃ、ならなくなる。それを、どうする?」

アベル「どうするって、言われても…。」

パーンは、優しく言いました。

パーン「よく、考えてみなさい。お前にとって、何が一番いいのか?お前はこれから、まだまだ生きる。その間に、数多くの女性と、出会っては別れるだろう。それを待ってみようとは、思わんか?」

アベルはベッドに、横になりました。

しかし、全く眠れません。

幼いノアと、今のノア、それに大人になってしまったノアの姿が、まぶたの裏で、入り混じり、アベルを悩ませました。

不意に、部屋のドアが、開きました。

パーン「アベル、起きているかい?」

アベル「父さん、どうしたの?」

パーンは、頭を掻きながら、言いました。

パーン「うん、さっきはすまんかったなあ…。ほら、女性は沢山いるなんて。あんな事、今のお前に言うことじゃ、なかった。わしも、あれからよく考えたんだが…。」

アベル「ぼくなら、大丈夫だよ。父さん、心配しないで。」

パーン「実はな、一つだけ方法が、あるにはあるんだよ…。」

アベルは驚いて、飛び起きました。

アベル「そうなの、父さん!?それは、何?」

パーンは懐から、小さな瓶を、取り出しました。

パーン「これだ。これは、星の雫。これを一滴垂らすと、星々の叡智がその者に宿り、花の精だったら、人間に生まれ変わる。」

アベルは、喜びました。

アベル「じゃあ、それを使えば、ぼくとノアは、一緒にいられるんだね?」

パーンは、言いづらそうに、いいました。

パーン「ああ…、そうだ。だか一つだけ、問題がある。この雫を使うと、それまでの記憶が、全て失われる。その子のご両親の事も、友達もの事も、何もかもだ。そして文字通り、新しい命として、生まれ変わるんだ…。」

アベル「そうなんだ…。父さん、ぼくどうしたらいいだろう?」

パーンは、厳しく言いました。

パーン「アベル。お前は、まだ子供だが、男だろう?気をしっかり、持ちなさい。それにこれは、お前だけの問題じゃない。そのノアさんと、二人でよく話し合って、決めなさい。」

アベルは、星の雫を受け取りました。

アベル「わかった、父さん。明日、ノアと話してくる。」

こうしてアベルは、眠りに就きました。