お掃除おばさん 3

それから、ヨハネは色々贈り物を、しようとしたり、食事に誘ったりしましたが、ことごとく失敗していました。
ヨハネ「あのおばさんときたら、どういう心の作りをしているんだろう?もしかしたら、お父様がネジか何か、大事な部品を取り付け忘れて、それて生まれてきたって事は、ないだろうね?だって、このぼくが口説いてるっていうのに…。心動かされない女性なんて、いるわけないんだがなあ。」
ヨハネの目に、自分の書きかけの詩篇が、映りました。
ヨハネ「よし、しようがない…。奥の手を、出すとしようじゃないか!その為には、こいつを仕上げて…。こんな物は、適当でいいんだ。どうせ、デタラメなんだから…。出来たぞ!こいつを見せて、甘い言葉をかければ…。」
ヨハネは、ニタリと笑って、部屋を出て行きました。
マグダレーナは、一人中庭で、紅茶を飲んでいました。
もちろん、ヨハネはその事を、知っています。
それは、マグダレーナに、出会わない為でした。
ヨハネは、たまたま通りかかった風を装い、声を掛けました。
ヨハネ「今、ちょうど君の事を、考えていたんだ…。何をしてるか、何を思っているかって。その美しい顔で…。」
ヨハネは、ペトロの言った、皮を剥いたじゃがいも、という言葉が思い浮かび、吹き出しそうになりました。
もちろんマグダレーナは、お茶を飲んでいても、マグダレーナです。
マグタレーナ「また来たわね、この色情魔!何が面白くて、私なんかに構うのか知らないけれど、あなたも少し働いたらどうなんですか?のらくらと、毎日遊び暮らして…。あなたも詩人だっていうなら、蟻とキリギリスぐらい、知っているでしょう?」
ヨハネは、このおばさんと話していると、精神が鍛えられるな、と思いました。
ヨハネ「ぼくはね…。きみのために、詩を書いたんだ。タイトルは、春の嵐。これは、地上を彷徨う二つの魂、アベルとノアが、お互いを燃えるように、欲しているのに、住んでいる世界が違う為に、結ばれることができない…。そんな、お話しさ。まるで、ぼくと君の様じゃないか?どうだい、そうは思わないかい…。」
マグダレーナは、眉間にものすごいシワを寄せて、それはアルプスの山々の様でした…、絶叫しました。
マグダレーナ「私は、あなたをこの天国に住まわせておくことは、世界全てに対して、恥をさらしておくようなものだと、思います!そもそもです、詩なんて、一体何の役に立つって言うんですか!?この天国ではね、皆んな誰かの為に、汗を流し、身を削って、神様に魂を捧げているんですよ!あなたときたら、嫌らしい妄想ばかり!そんな汚らしい与太話、地獄に投げ込んでしまいなさい!」
ヨハネは、全ての希望が奪われたのを、感じました。
マグダレーナにだって、人間の心がある、話せばきっとわかる、という希望が。

ペトロはペトロで、何かしら手伝ったり、助けてあげようと、するのでしたが、その度に厳しく撥ね付けられ、ウンザリしていました。
ペトロ「なんなんだろうなあ…。あの、マグダレーナは。人から手を差し伸べられて、何が気にくわないって、いうんだろうか?」
ペトロは、モーゼに提出する書類を、整理しながら考えました。
ペトロ「幼い頃に、何かトラウマでもあるのか…?それが元で、素直になれない。それにしても、度が過ぎているしな。…あれを使うしかないか…。」
ペトロは、棚に入っていた箱から、小瓶を取り出し、握りしめました。
マグダレーナは、自分の部屋で、聖書を読んでいました。
マグダレーナが読む本といえば、聖書しかなかったのです。
マグダレーナは、キリストの行いに、感動して涙を流しました。
マグダレーナ「何と尊い方なのでしょう、キリスト様は!このお方がいなければ、私達人間はきっと、悪魔達に滅ぼされていたことでしょう。憐れみ深く、慎み深く、優しく、へりくだっていて…。」
マグダレーナの興奮が、最高潮に達した時、ペトロは部屋に入ってきました。
ペトロ「マグダレーナ、いるんじゃないか?ノックをしても、返事をしないなんて…。」
マグダレーナは、もう既にペトロを、親の仇のような目で、睨みつけていました。
マグダレーナ「何でしょう、ペトロ様。私にも、プライベートというものが、ありますの?事と次第によっては、許すものも、許せませんよ!」
ペトロは、これは楽しみの為なんだ、と自分に言い聞かせ、やっとの思いで、口を開きました。
ペトロ「これをご覧、マグダレーナ。」
ペトロは、先ほどの小瓶を、取り出しました。
マグダレーナ「何なんです?それは。」
マグダレーナは、犬のウンコを見るような目つきで、それを見ました。
ペトロ「これはね、海を統べる竜王から、キリスト様に献上された品でね。海の底の、泥が詰まってる。でも、これはただの泥じゃない。これを体に塗ると、ヨボヨボのおばあさんでも、若い娘の様に、若返ってしまうという、逸品なんだ!」
ペトロは、どうだ、まいったか!とばかりに、胸を張りました。
しかしマグダレーナは、素っ気なく言いました。
マグダレーナ「それが私と、何の関係がありますの?」
ペトロの自信は、粉々に砕かれました。
モゴモゴと、何かを呟いたのは、憶えていますが、何を言ったのかは、後になったら、何も思い出せませんでした。

ペトロとヨハネは、三たび出会いました。
そして、お互いの企みが、全く上手くいかなかったことを、報告しあいました。
ペトロ「あの女はね…。私には無理だ。あんな素晴らしいものを、贈られて、何も感じないなんて…。」
ヨハネも同意しました。
ヨハネ「きっとあの女は、鉄なんです。全てがね。何も浸透しないし、通しもしない。天国の入り口に、置いといたら、どうです?きっと、悪魔達の侵入を、阻めると思いますよ。」
ペトロは、肩を落として言いました。
ペトロ「この遊びは、ここまでにしよう。アイディアはよかったんだが、相手が悪過ぎた…。」
ヨハネ「そうですね、それが懸命です。これ以上かかわっても、面白い事にはならなそうですから。」
こうして、二人の目論見は、完全に当てが外れたのです。