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お掃除おばさん 4

ペトロとヨハネが、思い付きを断念してから、しばらく経ちました。

そして、戦場で命を落とした、伝次郎の魂が、天国にやって来たのです。
天国中、伝次郎の噂で、持ちきりでした。
彼は、聖杯に辿り着いた、パルツィバルの再来と呼ばれて、持て囃されました。
それは勿論、マグダレーナの耳にも、入っていたのです。
マグダレーナは、伝次郎にとても興味を、持っていました。
マグダレーナにとってみれば、ルシファーは人間を罪に誘う、絶対悪でした。
だから、それを打ち破った伝次郎は、とてもいい人だったのです。
ある夜、伝次郎は星を眺めていました。
そこに、たまたまマグダレーナが、通りかかりました。
マグタレーナ「伝次郎さん、何をボンヤリしていらっしゃいますの?」
伝次郎「うん?星を、見てるだよ。地上に残したおっ母も、この星を見てるだかなと、思ってな…。」
マグダレーナの中で、何かが疼きました。
マグダレーナ「随分、お母さん思いですのね。」
伝次郎「まあ、おらが死んだから、おっ母は、一人だでな…。村の連中は、皆んな親切だから、心配はいらねえとは思うが、それでもな。」
マグダレーナ「あまり思い詰めずに、休まれた方が、よろしいですよ…。」
伝次郎は、あっけらかんと言いました。
伝次郎「そうするだよ。ふあ〜あ、おら夜は苦手だ。おやすみ、ええと…。」
マグダレーナ「マグダレーナです。」
伝次郎「そうかい。それじゃあな。」
マグダレーナは去っていく、伝次郎の大きな背中を、見つめておりました。
 
それ以来、マグタレーナはちょこちょこ、伝次郎に話しかけていました。
でもそのことは、特に話題には、なりませんでした。
誰も、そういう興味を、マグダレーナに対して、持たなかったからです。
ある時マグダレーナは、伝次郎の部屋を、訪ねました。
マグダレーナ「伝次郎様。何か、御用向きはありませんか。私、今ちょっと手が空いていて、やることがなくて…。」
伝次郎は、なにも気にせず、答えました。
伝次郎「おらも、特に用はないだよ。」
伝次郎の部屋は、いつも掃除が行き届いてきて、それは伝次郎自身が、いつもまめまめしく、行っていたのです。
マグダレーナ「伝次郎様のお部屋は、いつも綺麗ですね。みんなにも、見習ってほしいと、思いますよ。」
伝次郎「おらは、おっかあの代わりに、家の事は皆、やってただからな…。おらのおっ母は、体が悪かったんだべ。だから、そのくせが抜けねぇだけだでよ。」
またその言い方が、マグダレーナの胸を、締め付けるのでした。
しかし、伝次郎は言いました。
伝次郎「そういえば、お前さんは天国の事に、色々詳しいようだから、尋ねるが…。」
マグダレーナは、いい気分でした。
マグダレーナ「はい、何でしょう?」
伝次郎「アリスっちゅう女は、ここに来てねぇだか?」
マグダレーナは、頭上に天の火が、落ちた様な気がしました。
マグダレーナ「その方は、その…、伝次郎様にとって、そういう方ですの…?」
伝次郎は、よくわからない様でした。
伝次郎「そういう方って、どういう方だべ?ただおらは、アリスを嫁に迎えるって、約束しただから、その約束を果たそう、そう思ってるだけだんべ。」
マグダレーナは動揺し、よろよろと膝をつきました。
伝次郎は、慌てました。
伝次郎「おい!どうしただ?大丈夫だか。急に、どうした?持病か何か、ってるんだか?」
マグダレーナは、ハンカチを取り出し、涙を拭きながら、答えました。
マグダレーナ「いえ、何でも無いんです。少し、気分が悪くて…。いえ、伝次郎様の所為では、無いんです。大丈夫。一人で帰れますから。」
伝次郎「おら、お前さんなら、何でも気軽に話せる。何だか、おっ母に似てるだよ…。」
その一言が、マグダレーナの胸に、突き刺さりました。
マグダレーナ「失礼します。大したこと、ありませんから。」
 
マグタレーナは、全ての仕事を放り出し、部屋に戻りました。
そして、ベッドに突っ伏して、涙に暮れました。
マグダレーナ「ああ…、なんということなの!私が、鉄と噂されるこの私が、初めて胸のときめきを覚えた殿方は!」
マグダレーナは、喘ぎながら、天井を仰ぎみました。
マグダレーナ「既に、結婚の約束を交わした、相手がいるなんて!キリスト様、私の罪を、お赦しください!私は、そのアリスという女が、憎い!伝次郎様が、怨めしい!私の中で、嫉妬の炎が、激しく燃え上がるのです。神よ、偉大なる神よ!私を、お救いください。この罪なる思いから、引き上げて下さい!」
マグダレーナは、結局その日一日、何もしませんでした。
 
次の日マグダレーナは、預言者エリヤのところに行き、アリスについて聞き出しました。
アリスは、天国と地獄の境にある、煉獄という世界で、苦しみを受けながら、罪を償っていたのです。
その苦しみを、へりくだって受け入れれば、天国に。
思い上がって、神を恨めば、地獄に。
その煉獄という世界にあって、アリスの評判は、上々でした。
自ら進んで、苦役を引き受け、誰よりも熱心に、神のために働いていたのです。
だから、天国に迎え入れられるのは、時間の問題だろう、ということでした。
マグダレーナは、歯噛みして悔しがりました。
自分を、遥かに上回って、神を信じている女性。
そんな風にアリスの事が、思えてなりませんでした。
だからマグダレーナは、嘘をつきました。
伝次郎に対して。
マグダレーナ「伝次郎様…。私、アリスという女性について、噂を耳にしたんです。どうやら、煉獄にいるらしいのですが、いえね、ひどい噂ばかり、聞くんです。こんな事、伝次郎様のお耳には、入れたくないんですが…。でも、知っていて黙っているのは、あなたを騙すような物です。だから包み隠さず、お話申し上げます…。」
マグダレーナは、嘘八百のデタラメを、伝次郎に吹き込みました。
もし、イエス・キリストがこの場に居合わせたら、きっと苦い顔をしたでしょう。
そしてマグダレーナは、こう結んだのです。
マグダレーナ「だから、伝次郎様。もう間もなく、アリスは地獄に堕とされるのでしょう。しかし、神に逆らっているのですから、仕方ありません。あなたが待っていても、それは無駄になってしまいましたね…。」
伝次郎は、鼻毛を抜きながら、こう言いました。
伝次郎「それは同名の、別人だんべ。アリスは、そんな女じゃねぇよ。」
マグダレーナの中で、何がが崩れ落ち、それはもう二度と取り戻せないと、マグダレーナは自分で、わかっていました。