麗しの聖母 前編

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マリアは、夢をみていました。

マリアは、何も見えず、何も聞こえない空間に、一人座っていました。
一人でいる内に、段々不安になってきて、声をあげました。
マリア「ヨセフ!イエス!あなた達、どこなの!」
すると目の前に、奇妙な姿の老人が、立っていました。
老人「お前さんは、聖母マリアだね?」
マリアは、老人を一目見るなり、目を背けたくなりました。
老人は、片目は潰れていて、肌は出来物だらけ。
背中は、ぐにゃりと不健康に、曲がっていました。
それでも、マリアは答えました。
マリア「そうです。私はヨセフの妻、マリア。」
老人は、持っていた杖を、カツカツ鳴らしながら、言いました。
老人「そして同時に、救世主であるイエスの母でもある。」
マリアはこの老人に、息子の名前を語られたくありませんでした。
マリアが黙っていると、老人は再び、口を開きました。
老人「マリアよ…、お前は神に、何を求めているのだ?」
マリアは、ためらいがちに言いました。
マリア「救いを…、私の犯した、大きな罪からの、救いを求めています…。」
老人は、問い詰めるように、聞きました。
老人「お前の犯した罪とは、一体何かね?」
マリアは、悔恨を滲ませながら、答えました。
マリア「私は…、私の犯した罪のせいで、人は、古い楽園を失ったのです。」
老人は、ゆっくりとした口調で、マリアに告げました。
老人「聖母マリアよ…。お前の罪は赦されない。お前は、聖母だから!救い主イエスの、母であるからだ!」
マリアは、目を覚ましました。
 
マリアは、夫であるヨセフと、仲良く暮らしていました。
ヨセフは、地上では大工だったのですが、今は家具職人をしています。
自分の工房を持っていて、注文があれば、おもちゃからタンスまで、何でも作りました。
マリアは、ヨセフが働いている間、近所の子供達を預かって、面倒を見ていました。
最近は天国でも、共働きの夫婦が、増えているのです。
今預かっているのは、ヘンク、ロル、ヨカベリの三人で、皆男の子でした。
 
朝、ヘンクのお母さんが、マリアにヘンクを預けに来ました。
母「マリア様、今日もよろしくお願い致します。ほら、ヘンク!こっちへ、来なさい。」
ヘンクは呼ばれると、マリアに向かって、何かを投げつけました。
ヘンク「ほら、これでも喰らえ!」
それは、カエルのおもちゃでした。
マリア「まあ、こわい!」
マリアは、片手でおもちゃを受け止めると、優しくヘンクに返しました。
母「あんた、何やってるの!すいません、マリア様…。私の育て方が悪いのか、言うことを聞かなくて。」.
マリアは、にっこり笑って言いました。
マリア「あら、いいじゃありませんか。男の子は、元気が一番!ねえ、ヘンク?」
ヘンクはマリアに、アカンベーをしました。
母「キリスト様も、子供の頃はわんぱくだったんですか?」
マリアは、不思議な調子で、答えました。
マリア「あの子は、生まれてから今まで、一度も私の言う事を、聞いた事なんてないわ。でも、後から思うと、全てあの子の方が、正しかったの…。自分がお腹を痛めて産んだ子が、救い主だなんて、どうなのかしら。ね?」
母親は、おそれかしこまって、言いました。
母「そうですよね…、マリア様のご苦労を思えば、私なんて…、失礼でした。」
マリアは、カラッと笑って、言いました。
マリア「いいのよ、気にしないで。それよりも、そのマリア様って、どうなのかしら?確かにイエスは、救い主だけど、私は人間よ?皆と何も、変わらないわ。」
母親は、びっくりしました。
母「何を言ってるんですか!マリア様には、私達普通の人間は、生まれた時から持っている、原罪がないんです!同じだなんて、とんでもない。」
マリアは少し困りながら、言いました。
マリア「そろそろ、行かなくて大丈夫?」
母「そうでした。では、そろそろ失礼致します。ヘンク、いい子にしてるのよ!」
ヘンクは、叫びました。
ヘンク「この、ウンコばばあ!」
マリアは、笑顔で言いました。
マリア「ヘンク、神様が聞いてるわよ!」
母親は、すっかり安心した様でした。
母「では、行って参ります。」
マリア「行ってらっしゃい!」
 
マリアはそんな調子で、子供達の事を、叱ったことがありませんでした。
それなのに、いつもマリアのペースに、なってしまうのです。
それを子供達は、面白く思いませんでした。
ロル「なあ、ヘンク。ちょっと、マリアを怒らせてみるっていうのは、どうだろう?ぼくに、いいアイディアがあるんだ。」
ヘンクは、喜んで乗ってきました。
ヘンク「いいぜ、やろう、やろう!面白いだろうなあ。あのマリアが、怒り狂ったり、泣き叫んだり、するんだ。なあ、ヨカベリ!」
ヨカベリは、黙って頷きました。
ロル「じゃあ、決まりだ。早速、作戦会議を開く。決行は、明日だ…。」
こうして、子供達の悪だくみが、始まりました。