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遥かなる旅 7

アベルは、昨晩と同じ扉を、再び開けました。
やはり、お客さんはいない様でしたし、老婆は同じ様に座っていて、二人をジロリと、睨みつけました。
アベルは、慌てて言いました。
アベル「いや、今日は違うんですよ!お金を、用意してきたんです。昨日の分も払いますし、これは気持ちです…。それで、また今夜泊めていただけませんか?」
老婆はまた、黙ってキッチンに引っ込みました。
老婆「座んな…。夕飯を、出してやる。」
二人は、ガタガタしたテーブルを囲んで、座りました。
椅子も、何だか落ち着きません。
アベルは、嫌な予感がしました。
しばらくすると、パンとローストビーフのサラダ、それに魚介を煮込んだスープが、運ばれて来ました。
アベルは、予感は当たった、と思いました。
お皿は、綺麗でした。
しかし、縁がかけていたり、ヒビが入っていたりと、アベルの食欲を、そそらなかったのです。
エリヤは、料理を見るなり言いました。
エリヤ「これは、美味そうじゃの…。早速、頂くとしよう。」
アベルは、調子だけは合わせておきました。
アベル「そうですね…。では、いただきます。」
アベルは、スープを一口、口に運びました。
すると、口の中一杯に、魚介の風味が広がりました。
アベル「美味い…!これ、美味いですよ。」
エリヤは、訝しがりながら言いました。
エリヤ「だから美味そうだと、そう言ったじゃろう…?うんうん、美味いのう。」
アベルは次に、ローストビーフを口に入れました。
アベル「あ、美味しい!何だ、これ。美味いなあ。」
ローストビーフも、絶妙な焼き加減でした。
そして、ソースがまた美味しかったのです。
恐らく、自家製なのでしょう。
独特の甘みがあって、大変食欲をそそるのでした。
決して、量は多くなかったけれど、二人の心は満たされました。
エリヤ「いやあ…、本当に美味かった。お婆さん、ありがとう。じゃあ、風呂を使わせてもらうよ…。アベル、先に入りなさい。わしは後から、ゆっくり入るから。」
アベルは風呂と聞いて、緊張しました。
アベル「はい、わかりました…。」

風呂は、綺麗は綺麗でした。
しかし脱衣場からして、ボロかったのです。
壁や天井は、所々塗装が剥げていて、中の石が、むき出しになっていました。
アベルは、正直、こんな所で裸になるのはごめんだ、と思いました。
しかし、渋々服を脱ぎ、浴室に入りました。
浴室は、もう燦々たる有様でした。
掃除は、行き届いていたのですが、何があったのか、中の石は所々が崩れていて、このまま崩落するのではないか、と思われました。
アベルは、早く済ませてしまおうと思い、軽く体を洗って、湯船に浸かりました。
その時、気付いたのです。
アベル「これ、温泉だ…!」
お湯からは、微かに硫黄の香りが、しました。
そして、確かに体は温まりました。
アベル「おかしいな、この辺は温泉なんて、湧かないはずだけど…。」
アベルは、思いつきました。
見た目が気になるならば、目をつぶれば良い、と。
そして綺麗なお風呂を想像しながら、ゆっくりと浸かりました。

アベルの体は、浴槽からあがっても、ポカポカしていました。
着替える時も、寒さは全く、気にならなかったのです。
後で、エリヤから聞いた所によると、老婆はわざわざお金を払って、遠くから温泉のお湯を買っていたのです。
そして、浴槽に注いで温め、旅の者達に供していたのでした。
アベルは、ぼんやりと考えました。
アベル「ふぅ〜ん。見た目と違って、いい人なんだなぁ…。」
お風呂場からは、エリヤの鼻歌が聴こえてきました。

朝になり、二人は旅の支度を、整えました。
そうして、老婆に挨拶に行くと、老婆は明らかに動揺し、取り乱していました。
アベルは、尋ねました。
アベル「おばあさん、どうされたのですか?」
老婆は、金切り声を上げ、叫びました。
老婆「あんた達は、この建物に何をしたんだい!うちには、うちには地下室なんて、なかったんだ…。それが、朝になったら急に!何てことだ、大変な事になってしまった!」
エリヤは、静かに告げました。
エリヤ「いや、お婆さん。わしが見た所、あれは前からあったよ。お前さん、うっかりしていて、気付かながったんじゃろう…。それじゃあ、おばあさん。ご飯も美味しかったし、お湯もよかった。また、寄らせてもらうよ。」
二人は、混乱して騒いでいる老婆を残して、出発しました。

二人は町を出て、街道を外れ、エリヤ好みの人気のない道を、行きました。
アベルは、先程の老婆の事が、ずっと気になっていたので、思い切って、エリヤに聞いてみました。
アベル「エリヤ様、先程の、おばあさんのことですが…。」
エリヤは、振り返らず答えました。
エリヤ「うん、それがどうした…?」
アベルは、何だか聞き辛さを、感じていました。
アベル「エリヤ様、何かなさったんですか?」
エリヤは、空を見上げながら、答えました。
エリヤ「うん?まあ、大したことじゃない…。あの宿は、料理は美味いし、お湯はいい。だが、ワインがないからの…。それでちっと、お父様におねがいして、ワイン蔵を設けたんじゃ。あの料理には、年経たワインがよく合うじゃろう…。」
アベルは、不思議な気持ちで、エリヤの背中を眺めました。
今日は、とてもいい天気でした。
馬が、ヒヒンと嘶きました。