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遥かなる旅 12

エリヤとアベルは、既に船の上にいました。
二人は、スペインの西端まで、徒歩で移動し、そこでエリヤの古い友人である、ゴド船長に、偶然出会ったのです。
ゴド船長は、二人の申し出を快く引き受け、悲しみの山のある、地の果てまで、乗せて行ってくれる事に、なったのでした。
船の名前は、黄昏の聖母号。
巨大な船で、マストが天高くそびえていました。

航海は、順調でした。
ある夜ゴド船長が、アベルの誕生日に、酒宴を、開いてくれました。
参加したのは、アベルとエリヤ、それにゴド船長でした。
ゴド船長は好意で、珍しいお酒や、コーヒーを出してくれたのです。
アベルは、コーヒーに口をつけて、言いました。
アベル「このコーヒー、不思議な味がします…。すごくコクがあって、複雑な味わいですね」
ゴド船長は、満足そうに言いました。
ゴド「飲みごたえが、あるだろう?それは、アフリカのケニアでとれるコーヒーでな…。ヨーロッパで、その味を知ってるのは、まず俺だけだろう。」
アベルは本当は、コーヒーがあまりに苦くて濃いのに、辟易していました。
でも、折角出してもらった物に、そんな事は言えません。
アベル「色々と、ありがとうございます、ゴド船長。見ず知らずのぼくのために…。とても、嬉しいです。」
ゴド船長は手を振りながら、言いました。
ゴド「何を言ってるんだ!水臭いじゃないか。エリヤの弟子だって言うなら、俺の弟子みたいなものだ…。」
エリヤは、ボソッと言いました。
エリヤ「弟子では、ないよ。わしは、弟子はとらん。旅の連れじゃよ…。」
ゴド船長は、豪快に笑いました。
ゴド「どっちにしたって、似た様なモンだろう!ところで、アベル君。いつまでも、そんな物を飲んでないで、酒をやりたまえ!コーヒーなんて、赤ん坊の飲み物だよ。男を喜ばすもの、それは何より酒だ。さあさあ、これはアグリコール・ラムといって、随分珍しい酒なんだ!旅の土産話に、ぜひ飲んでもらわんと、俺の面子に関わる…。」
アベルは、どうしても飲めない理由があるのでした。
アベル「ぼくはまだ、未成年ですし…。それに、体が全く受け付けないんです。多分、一滴も飲めない…。」
エリヤは、助け舟を出すのかと、アベルは期待していましたが、逆の事を言いました。
エリヤ「アベル。ゴドの気持ちも、汲んで上げなさい。お客さんを呼んでおいて、酒も振舞わずにに帰すなんて事は、ゴドには出来ないんじゃから…。形だけでもいい、杯を受けてやってくれんか?」
アベルは、意を決しました。
 アベル「わかりました…。じゃあ、一杯だけ、お受けします。でも、本当に一杯で勘弁してください…。」
ゴド船長は、大喜びでした。
ゴド「よしよし、よく言った!それでこそ、一人前の男だ。君の事はこれから、アベル君ではなく、アベルと呼ぼう。ほら我が友、アベル、我が杯を受けよ!」
アベルは、大慌てでした。
アベル「あっ、ダメですよ、ゴド船長!そんなに注いだら…。父さん、助けて!」
ゴド船長は、気にしませんでした。
ゴド「いいんだ、少年よ!酒は、飲んだら飲んだだけ。吐いたら、吐いた分だけ、強くなる!そういうもんだ。そら、グーっと、グーっと行きなさい。」
アベルは、グラスに口を付けましたが、次の瞬間には、青くなって倒れました。
エリヤは気の毒そうに、倒れたアベルを見ながら、言いました。
エリヤ「おや…、本当に飲めなんだのう。こりゃ、悪い事をしてしまったわい。」
ゴド船長は、急に真面目な顔になって、エリヤに尋ねました。
ゴド「どうだ、エリヤ?こいつは、見どころがありそうなのかい…。」
エリヤは、ニヤリと笑って、言いました。
エリヤ「なければ、連れ回したりせんよ。わしはそんなに、暇じゃないわい…。」
ゴドは、酒をグイッと煽りながら、言いました。
ゴド「お前の見立てじゃ、どうなんだ。どの程度を、見込んでる?」
エリヤは、そう言えることが、心底嬉しそうでした。
エリヤ「わしの跡継ぎじゃな。」
ゴド船長もまた、嬉しそうでした。
ゴド「そうか、お前はついに、見つけたか!そりゃあ、良かった…。それに比べて、ウチの息子はどうなるか。もし、使い物にならんようなら、二番船の悲しみのイエス号の船長、ロッスに、俺のこの船団を譲ろうと思ってるよ…。それにしても、俺たちは随分立派に、なっちまったなあ。昔と違って、苦労も大分、背負い込んでる。」
エリヤも、染み染み言いました。
エリヤ「そうじゃな…。あの頃はあの頃で、辛いことはあったが、気楽じゃったよ。今、思えばな…。」