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遥かなる旅 22

エリヤとアベルは、地の果ての岸辺で、船が通りがかるのを待って、野営していました。
アベルが、考えた通り、沢山の荷物を用意しておいた事は、正解だったのです。
野営している間、アベルはエリヤに、沢山の質問をぶつけました。
キリストについて。
妻について。
仕事について。
親子や、家族について。
様々な事を質問し、エリヤはその一つ一つに、思慮深い答えを与えました。
アベルには、一つの悩みがありました。
それは、信仰についてです。
アベル「エリヤ様…。ぼくは、悩んでるんです。ぼくは、ゼウス様への信仰を捨てて、キリスト教徒になった方が、いいんでしょうか?エリヤ様の考えを、聞かせてください。」
エリヤは、水を飲みながら答えました。
エリヤ「それはお前さんが、その方がいいと思うなら、そうすればいい。わしは別に、止めんよ。しかし、自分が生まれ育った土地の、風習や慣わしは、大切にした方がいいとは、思うがな。天国には、キリスト教徒以外もいっぱいおるよ。例えば、コノン殿…。」
アベルは、頷きました。
アベル「はい、コノン・ケルビム(守護者)様ですよね…。お話は、聞いています。」
エリヤはドライフルーツを、口に放り込みました。
エリヤ「あの方は天国では、キリスト様の片腕であり、事実上のNo.2じゃ。しかし仏教徒じゃし、こう言っておる。オレは、神なんて信じてない。オレが信じているのは、生きている人々、皆んなの力だ、とな。そして、天国の門を護られておる。まあ、いつも旅に出ていて、いないんじゃが…。」
アベルは、不思議な気持ちでした。
アベル「そうなんですか…。じゃあ、エリヤ様。信仰って、神を信じるって、どういう事なんですか?」
エリヤは、少し戒める様に言いました。
エリヤ「アベル、何事も、自ずから知ろうとはするな。その事柄を実際に生き、自分の心に、答えがやって来るのを待て。それが、閃き、つまり、インスピレーションじゃ。」
アベルは、頷きました。
エリヤ「そのインスピレーションを、昔の人は、神の霊感と、そう呼んだ訳じゃな…。インスピレーションが訪れる時、その者は神と共に、世界全体を見渡しているんじゃな。世界中で起こっている、ありとあらゆる事を。しかし、それは一瞬の事じゃ…。すぐに消え失せて、また元の日常が、戻ってくる。」
エリヤは、続けました。
エリヤ「しかし人間は、理性の力を使って、その体験を尊び、自らに足りないところを補っていく…。そうして、一つのアイディアが生まれる。それが、考えると言う事じゃ。」
アベルは、仏様の様に微笑んで、言いました。
アベル「ぼくがおかしいのかもしれませんけど…。エリヤ様と話していると、まるでぼくが先生で、生徒であるエリヤ様の発表を、採点している様な、気持ちになるんです。」
エリヤは、アベルの意見を、掴みかねました。
エリヤ「ふむ?」
アベルは、続けました。
アベル「その事について、ぼくなりに考えたんですけど…。それはきっとエリヤ様が、出会う人全てを、まるで先生の様に敬っているからじゃないか、と思うんですね。だから、その人は自信が出てきて、自分の意思を強く持つようになる…。」
エリヤは、アベルの考えに、興味を惹かれました。
エリヤ「なるほど、面白い。」
アベルは、細い糸を手繰るように、一生懸命語りました。
アベル「星々はああ言ったけど、ぼくは、人間の意思って、その人の希望なんだと、思います。皆んな、口では色んなことを言う…。でも、誰も彼も、自分の、自分自身の希望に向かって、日々歩みを進めている…。そんな気がします。」
エリヤは喜んで、膝を叩きました。
エリヤ「いや、素晴らしい!面白い意見じゃよ。全く、新しい意見じゃな。そうじゃ、それこそインスピレーションに導かれた、本当のお前さんの意見じゃ!面白いのう、そうか、そんな考え方もあるんじゃな…。」
アベルは、うつむいてしまいました。
アベル「何だか、自分意見を述べるって、照れ臭いというか、気恥ずかしいというか…。不思議な気持ちです。」
エリヤは、ニコニコしていました。
エリヤ「その通り。わしも、いつも気恥ずかしい。考えを述べるのなんて、自ら進んで、恥をかくのと同じじゃからなあ…。おや、あれは何じゃ?」
二人の頭上に、一塊の雲が、降りてきました。
雲の上に乗っているのは、ペトロです。
ペトロは、二人に呼びかけました。
ペトロ「エリヤ様、アベル君!お待たせしました。お疲れ様です。お迎えに、上がりましたよ。」
エリヤは雲を見上げ、呟きました。
エリヤ「やっとこの旅も、終わりじゃな…。アベル、この旅では、いろいろ世話になったな。また、何かあったら、よろしく頼むよ。」
アベル「いや、エリヤ様。まだ、終わりじゃありませんよ。家に着くまでは、油断禁物です。あのルシファーだって、虎視眈々とぼく達を、狙っているんですからね。」
エリヤは、微笑見ました。
エリヤ「うむ、本当にそうじゃな…。これは、一本取られたわい。」
アベルも、微笑みました。
アベル「ぼくは、エリヤ様の弟子ですから。師匠を補佐するのは、弟子の役目です!」
二人は、顔を見合わせて笑い、雲に乗り込みました。