遥かなる旅 23

アベルは、家に帰りました。

アベル「あっ、カルナ!ただいま…。父さんは?この時間だと、まだ牧場かな。」
カルナは、微笑んで言いました。
カルナ「アベル、お帰りなさい。そうよ、その通り。最近ね、カインを連れて行ってるの。カインに出来るかどうかは、まだわからないけど…。とにかく試してみるって。」
アベルは、上着を脱ぎながら、言いました。
アベル「そうなんだ…。そりゃあ、いいことだよ。出来なくたって、いいんだ。見ているだけでも、充分勉強になる。それに…。」
カルナは、アベルの顔を覗き込みました。
カルナ「それに?」
アベルは、ブーツの紐を解きました。
アベル「ダメなら、違う生き方を、探せばいいよ。皆んな、向き不向きがあるんだ。この家に生まれたからって、羊飼いにならなきゃいけないってことは、ない。ウチの仕事は、ぼくと父さんだけで間に合ってるし、カインにはカインの、生き方があるよ…。」
カルナは、意外な思いでした。
カルナ「どうしたの、アベル?行く前は、あんなにカインの心配をしていたのに…。」
アベルは、結わいていた髪を、解きました。
アベル「この旅に出て、思ったよ。人の生き方は、一つじゃない。人の数だけ、生き方がある…。何がいいかは、他の人間には決められない。自分で、見つけないとね。」
カルナは、驚きました。
カルナ「不思議…。アベル、大人になった?」
アベルは、体を伸ばしました。
アベル「全然!むしろ、子供に戻ったんじゃないかな…。でもそれが、本当には大人になるってことでさ。わかる?」
カルナは、何だか嬉しい気持ちでした。
カルナ「私も、全然だわ!さっぱりわからない…。」
アベルは、椅子に腰掛けました。
アベル「人生にはさ、不思議や神秘が、沢山あるんだ。でも、待っていてはダメ。自分で、見つけないと。貰ったものより、手に入れたものの方が、価値がある。エリヤ様なら、きっとそう言うだろうな…。」
カルナは、アベルに顔を近づけて、言いました。
カルナ「でも私は、あなたからそれを、分けて欲しいわ…。」
アベルは、あくびをしました。
アベル「そう簡単には、行かないさ。そういう事はね、単純そうに見えて、難しいんだ…。でも、ぼくは時間を掛けて…。」
カルナは、アベルの唇を塞ぎました。
カルナ「私には、神秘はとても簡単なの。わかる?」
アベルは、カルナを熱く見つめて言いました。
アベル「ぼくだって、さっぱりわからないさ…。」
アベルは、カルナを自分の方に、グイと引き寄せ、永く、激しく口づけしました。
アベルは、家に帰ってきたことを、実感しました。
 
エリヤも、自分の家に帰っていました。
エリヤ「マリや…。今、帰ったよ。」
年老いた妻のマリが、奥から顔を出しました。
マリ「あなた、お帰りなさい…。まずは、お風呂にでも入って、旅の垢を落として下さい。」
エリヤは、ホッとしました。
マリの顔が、見れたからです。
エリヤ「うん、そうしよう…。じゃあ、早速沸かしておくれ。」
エリヤは風呂が沸くと、服を脱いで浴室に入り、念入りに体を洗いました。
そして、ゆっくりとお湯に、浸かりました。
その間にマリは、エリヤがお風呂上がりに着る、浴衣を用意しました。
しばらくして、お風呂から出ると、エリヤは言いました。
エリヤ「マリや、これは何だい?どうも、着る物の様だが、わしはこれを着ればいいのかな…。どうやって、着ればいいんじゃろう?」
マリは、浴室に入って来て、エリヤに浴衣を着せにかかりました。
マリ「あなた、これはあなたの大好きな、そして私の故郷の、日本から取り寄せた、浴衣というものです…。これはね、お風呂から上がった後に着る物で、とてもリラックスできるのですよ。ほら、こうして…、ここで帯を止めて。」
エリヤは、まるで赤ん坊の様でした。
エリヤ「何だか、不思議な着心地じゃのう。何だか、スースーする…。でも、楽じゃな。それに、涼しい。気に入ったよ。」
エリヤは、無邪気に喜びました。
エリヤ「それじゃ、マリや…。わしの大事な、山崎の18年とThe Peaceを出しておくれ。」
エリヤはお気に入りの、窓際のリクライニングの椅子に、腰掛けました。
そして、ウイスキーをグラスに注いで、一口飲み、次いでタバコに火を点けました。
エリヤ「これ以上の幸せを、わしは知らんわい…。」
マリが、おつまみを運んできました。
マリ「これも、日本から取り寄せたものよ…。冷奴と、枝豆。冷奴は、お醤油をかけてね。でも、ウイスキーに合うかしら?」
エリヤは、冷奴にお醤油を垂らして、スプーンですくって、口に入れました。
エリヤ「こりゃあ、美味いわい。日本は、本当にいいところじゃのう…。わしの好きな物は、皆日本の物じゃ。繊細で、丁寧で…。何でも、気が利いとるんじゃなあ。なあ、マリや。」
マリは、目を伏せて、返事をしました。
マリ「何でしょう…?」
エリヤは、子供のようにニコニコしながら、言いました。
エリヤ「わしが引退したら、その時は二人で日本に、住んでみようか…?お前にとっては、懐かしいじゃろう。景色の良いところに、家でも買ってな。日本の人達は、皆いい人だと聞く。わしはなあ、日本の温泉に入るのが、夢なんじゃ…。」
マリは、すまして言いました。
マリ「いいですわ。どこにだって、あなたの行くところに、お伴しますよ…。」
エリヤは、煙の向こうに広がる、景色を大事そうに、眺めておりました。
 
テーマ曲 「No Surprises」 Radiohead
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おまけ
お久しぶりです。
オートマールスム(白)です。
江戸切子の、ロックグラスを選んでいます。
東京メトロのCMで見て、欲しくなっちゃいました(ミーハー。)。
高いですけどね。
でも、カッコいい。
この作品の元ネタは、ミヒャエル・エンデの「果てしない物語」。
ミヒャエル・エンデは、若いぼくに、道を示してくれた作家です。
ちょうど、アベルに対する、エリヤの様に。
彼の哲学や神学に、どれほどの影響を受けたことか。
ぼくの考えや世界観の、基礎を作ってくれたのは、全てエンデです。
本当に、彼だけを道標に、生き方を探り続けていましたね。
いつか、彼の見ている世界を見たい、そう思ってました。
今では、必ずしもそうではありませんが、ぼくの青春はエンデ一色です。
実際に作品を作る事で、彼の偉大さを痛感しています。
同時に、自分の矮小さも。
でも、憧れていた「果てしない物語」に対する、自分なりの答えを、作品として形に出来た事で、一つの区切りは付きました。
付き合ってくれて、ありがとうございました。
あなたの一アクセスが、ぼくが一歩を踏み出す、勇気をくれます。
因みにマリは、モデルがいます。
ぼくが入院している時にお世話になった女性なんですが…。
何て言うんでしょうね、ぼくっておもったらそのまま正確に記述してしまうじゃないですか?
だけど文学っていうのはね…。
ぼくも、見習わないといけません。
ついでですが、ぼくには霊だの何だのは、見えませんよ〜。
それでは、さようなら👋。