帰って来た男達 2

ある若い男がイングランドの、小さな港町を訪れました。
時刻は、夕方。
男は、決して清潔とは言えそうにない、一軒のパブに入って行きました。
男「何でもいい。ビールをくれ。」
男の前に、バスのペールエールが出てきました。
男は、喉が渇いていたのか、ゴクゴクと一パイント飲み干しました。
店の奥で、仲間と談笑していた、中年の男性が、若い男に話しかけました。
中年「見ない顔だな、兄ちゃん?旅行者かい…。」
若い男は、中年の男性をまっすぐ見詰めると、口を開きました。
若い男「そうだ。おれは、世界中を旅している。」
中年の男性は、陽気に言いました。
中年「そりゃあ、残念だったな!この町には、何にも見るもんなんてないぜ。こんな時化た、寂れた町にゃあ、な。」
若い男はゆっくりと、首を横に振りました。
若い男「それは、構わない。観光では、ないから。」
中年の男性はこの若い男に、興味を持ちました。
中年「ふうん、そうかい…。じゃあ、何の旅なんだい?世界中で、女漁りでもしてるのかい、この色男!」
パブの中が、笑いに包まれました。
若い男は、真面目な顔で言い切りました。
若い男「働く為だ。おれは世界中で働いて、人々の苦労を勉強している。」
中年の男性は、この若い男は少しバカなんだろう、と思いました。
しかし、その真面目そうな言い草が、気に入りました。
中年の男性「そりゃ、いい事だ。しっかり、勉強してくれよ…。しかし、何か楽しみぐらい、あるだろう。ただ、働くだけで生きているってことも、あるまい?」
若い男は、当然の様に言いました。
若い男「それは、酒を飲むことだ。酒を飲んで話をすれば、とても勉強になる話が聞ける。人々の苦労について、理解が深まる。」
中年の男性は、決めました。
中年「よし、わかった!兄ちゃん、ウチの会社で働かないか?こう見えてもな、おれは社長なんだ。小さな会社だが…。兄ちゃんはいい体してるし、真面目によく働きそうだ。どうだい?悪い話じゃ、ないだろう。」
若い男は、表情を変えずに言いました。
若い男「わかった。何時に、どこへ行けばいい?」
社長「おいおい、兄ちゃん!何の仕事かぐらいは、聞いてから返事をしろよ…。」
若い男は、納得したように言いました。
若い男「それは、構わない。事務仕事でなければ、何でも出来る。それが、赤ん坊のお守りでも、橋を架ける工事でも。」
社長は、こんな筋肉の発達した男が、赤ん坊をあやしたら、どんな事になるんだろう、と可笑しくなりました。
社長「それなら、大丈夫だ。ウチはな、倉庫なんだ。いいか船が着くだろ?そうすると、そこには積荷が満載だ。それを、一つ残らず港に下ろして、倉庫に綺麗に片付ける。それだけの事だよ…。当然だが、重たい物だって、山程ある。やってみるか?」
若い男は、頷きました。
若い男「わかった。明日日が昇ったら、港に行く。それでは、失礼する。」
社長は、慌てて言いました。
社長「待てよ、兄ちゃん!旅をしてるって、言ったな。どうなんだ、寝る所はもう確保してるのかい?」
若い男は当然だ、と言わんばかりの様子でした。
若い男「これから港に行って、キャンプをする。勿論、いつ起こしてもらったって、構わない。どんなに早くても、いつでも体は動かせるから、遠慮はしないでくれ。」
社長は少しずつ、この若い男について、わかってきました。
社長「そんな事だろうと、思ったよ。わかった、わかった。ウチの倉庫の一つに、仮眠所があるから、今夜はそこで過ごせ…。明日までには、ちゃんとした寝床をこさえておくから。」
若い男は、表情は変わりませんでしたが、感謝はしているようでした。
若い男「それは、助かる。それでは早速、休ませてもらおう。もう、日も暮れてしまったから。」
社長は、叫びました。
社長「待った、兄ちゃん!名前は、なんてんだ?」
若い男は、静かに答えました。
若い男「コノン。フルネームは、コノン・ケルビムだ。」
社長は、威勢良く答えました。
社長「よし、コノンだな。ケルビムか…、随分めでたい名前だな。ちょっと、待ってろ!」
社長は、カウンターの中にいる、バーテンダーに怒鳴りました。
社長「オヤジ!バランタインの17年だ。勿論、ダブルだよ!飲み方ぁ?そんなのこんだけ暑いんだ、ロックに決まってるだろう!全く、気が利かねぇな…。コノン、こいつは前金の代わりだよ。大した酒じゃないが、この店じゃあ一番上等だ。そいつを飲んで、今日は早く寝ろ。そしたら、明日からしっかり働いてくれ。頼むぞ!」
こうしてコノンは、港で働く事になりました。