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帰ってきた男達 9

金時は、湯から上がると、火照った体を冷やす為、庭で涼んでいました。
大きく息を吸い込むと、誰にともなく、呟いたのです。
金時「田舎は、空気がいい…。足柄山も、同じ事だ。」
そこにおじいさんが、キセル片手に、タバコ盆を下げて、歩いてきました。
おじいさん「金時殿、少しお話ししてもいいかな?そこの縁側に、腰掛けなさい…。わしも一服しながら、涼みたいのじゃ。」
金時は、素直に従いました。
金時「はい、そうしましょう…。私に答えられることであれば、何でもお答えします。」
二人は、並んで縁側に腰掛けました。
おじいさんは、キセルを二、三回吹かすと、単刀直入に切り出しました。
おじいさん「金時殿…。今度のお主らの大戦。果たして、大義はお主らに、あるのかのう…。」
金時は、うつむきました。
そして、よく考えて答えたのです。
金時「これは、私の考えです。私達の総大将である、ルシファー殿の考えと一致するか、私にはわかりません…。私達がこれから戦うのは、世界の支配者です。私が考えるに、世界を支配するのは、お金でも権力でもない。人々の心を、捕らえることだ、と思うのです。私達の敵は、民衆や神々の心を、抑圧している…。私は、それと戦う事で、人々に自由をもたらしたい。人々は、解き放たれなければならない。古き因習から、悪しき儀礼から。それが、私の望む事なのです。」
おじいさんは、キセルを返して、タバコ盆に灰を落としました。
おじいさん「お主の言葉は、美しい…。しかし、それはお主から見た世界じゃ。また別な人間から見れば、違った風景が見え、異なる立場に立てば、全ては違った意味を持つ…。それについて、お主はどう考えておるのじゃな?」
金時は、星を見上げました。
夜空に輝く星々が、賢い答えをもたらしてくれると、期待したからです。
金時「所詮、正義とは、その人だけの物です…。この世には、全能の者などいない。私にも、過ちや間違いがあり、限界もまた、あるのです。しかし、私は男です。自らの夢を、世に問いたい…。それをせずには、私の心は収まらないのです。それは、私のエゴかも知れない。そうであっても私は、私の全てを賭して、私の夢に取り組みたい…。そう、私は欲しているのです。」
おじいさんは、キセルに葉っぱを、丁寧に詰め込んでいました。
おじいさん「そうか…。やはり桃太郎は、お主に預かってもらいたいものじゃ。親のわしから見ても、出来の悪い息子じゃし、何よりてんで意気地がない。それでも、息子は息子じゃ…。やはり、犬死はして欲しくないでのう。どうせ死ぬなら、立派に死なせてやりたい…。それが、親心というもんじゃからなあ。」
金時は、静かな口調で答えました。
金時「それは、誰しもが願うことでしょう…。仮にも、男子を設けたならば、皆立派な死に場所を、望むものです。」
おじいさんは、スパッ、スパッと、キセルを吹かして言いました。
おじいさん「最後は、桃太郎自身が決める事じゃ…。わしは、口出しせんよ。じゃが、わしの願いが叶うならば、お主と共に戦って、然るべき名を残して欲しい…。少なくとも、わしはそう望むがのう。」
金時は、身の引き締まる思いでした。
金時「私は、決して桃太郎君に、恥ずかしい死に方はさせないと、夜空の星々に誓いましょう…。」

そして、一週間の時が経ち、再び三人で囲炉裏を囲む時が、やって来ました。
金時は、穏やかは調子で、切り出しました。
金時「では、桃太郎君…。聞かせてもらおう。私達の戦に、参加する気があるのか否か?」
桃太郎は、金時と目を合わせようとせず、うつむいたままモゴモゴと、呟きました。
桃太郎「私は…、私は…。」
その様子に、おじいさんはイライラして、大きな声で言いました。。
おじいさん「どうした、桃太郎?しっかりせい!お前自身の事じゃろうが。お前自身が返事をせんで、どうなる…。」
桃太郎は、ヒステリックに叫べました。
桃太郎「私は、怖いのです!戦が、敵達が…。私には、そんな強大な敵を退ける力はない。鬼が島での戦いだって、あれは吉備団子が、あったからで…。」
金時は、感情を表さずに言いました。
金時「桃太郎君…。君がそう感じるのも、無理はない。戦うのは、誰だって怖い。勿論、私だってそうさ…。」
金時は、一度言葉を切り、そして再び語り出しました。
金時「だがね、戦を恐れない者に、本当の勇気は求められない。戦というのは、ただ感情を押し殺して、冷酷に人を死に至らしめる場ではない。人の心が、勇気が試される場所なのだ…。仲間たちの為に、血が流せるか?友情の為に、汗が流せるか?恐れる心のない者には、そうした物は、望むべくもないのだ。どうか、君が心から戦を恐れるというのら、君は大義の為に立つに、相応しい人間だ。どうか、無力な私の為に、君の力を貸して欲しい…。君の、皆を思う心で、私を一角の大将にして欲しい。頼む、桃太郎君。」
金時は、慇懃に頭を下げました。
その時、桃太郎の心には、戦への恐れとは違った恐れが、ムクムクと沸き起こってきました。
しかし桃太郎は、心を決めました。
桃太郎「金時殿…。あなたは私に、本当に正義の為に戦う、大義に殉じる、それだけの力があると、本当にそう思うのか!?」
金時は、平然と答えました。
金時「ある。考える、までもない。」
桃太郎は、この男は悪魔や鬼の類いで、自分を地獄に引っ張り込もうといているのが、ありありとわかりました。
しかし、こう答えたのです。
桃太郎「わかった。あなたがそこまで言うのなら、私の命はあなたに預けよう。しかし、あなたのその言葉が、少しでも偽りであり、虚栄であると感じられたならば、私の力の限りを持って、あなたを討つ。それでも、いいか?」
金時の瞳は、何も映してはいませんでした。
金時「それでいい…。その気概こそ、私が部下に望んでいる事だ。」
おじいさんは、喜びました。
おじいさん「よく言ったぞ、桃太郎!では早速、誓いの盃を交わそう…。おばあさん、おばあさん!ほら、あれじゃ。桃太郎が、鬼ヶ島を平らげた際、領主様から頂いたいい酒があるじゃろう!あれを早く、持って来なさい…。」
おばあさんは、顔を覗かせて言いました。
おばあさん「ああ、武士の譽の事ですか?あれはあなたが、全部飲んでしまったじゃありませんか…。今日は、あれがめでたいから。次の日は、それがめでたいから、と言って。」
おじいさんは、もどかしそうにいいました。
おじいさん「そんな事は、どうでもいいんじゃ!桃太郎の、立派な誉ある門出じゃ。近所を駆けずり回ってでも、酒を調達して来なさい!いいかね、これは好きで飲む酒とは、違うんじゃ…。男と男の、義理固めの酒なんじゃから。おばあさん、男子にとって義理とは、命より重いんじゃよ。それがお前には、ちっとも分かっておらん…。」
こうして桃太郎は、おじいさんから譲り受けた名刀今生丸と、おばあさんのこさえた吉備団子を携え、金時と共に、戦へと旅立ったのです。