帰ってきた男達 15

赤き竜は、まるで大地震で裂けていく大地の様に、口を開いて、金時を飲み込もうとしました。
金時「芸がないな…。まるで、ワン・パターンだ。」
金時は、退がりながら弓をつがえ、立て続けに三回、矢を放ちました。
赤き竜「グワォォー!」
金時の放った矢は、狙い違わず、赤き竜の喉深く突き刺さりました。
その様子を、桃太郎と海鳴将軍は、下から見ていました。
桃太郎「何だか、金時殿は押しているようだ…。私達の出番は、ないんじゃないか?」
海鳴将軍は、その桃太郎の言い草に、少し腹が立ったようでした。
海鳴「馬鹿な事を、言ってはいかん!さあ早く、助太刀致さねば!」
海鳴将軍は、赤き竜の足元に駆け寄ると、二本の槌を振るって、赤き竜の足を打ち始めました。
海鳴「これで、どうでござる!そりゃっ、そりゃっ!」
海鳴将軍が、何度か槌を打ち付けると、赤き竜はうっとおしそうに足を上げ、海鳴将軍を踏みつぶそうとしました。
桃太郎「将軍、あんた死ぬ気なのかっ!」
桃太郎は、海鳴将軍に体当たりをぶちかまして、二人はもんどうり打って、地面に転がりました。
その直ぐ後に、赤き竜のピラミッドのような足が大地を踏み、物凄い地響きを立てました。
海鳴将軍「これは、これは桃太郎殿…。拙者、貴殿に命を救われた様でござる。」
桃太郎「また、来るぞ!」
二人は慌てて立ち上がり、その場を離れました。
海鳴「しかし、手応えはあった様でござるが…。あんな体の隅を打っていても、埒があかんでござるなあ。何とか急所まで、辿り着ければ…。そうだ、あれでござるよ!」
その間も、空中では金時と赤き竜は、しのぎを削っています。
海鳴「天の御者よ!しばらく、借り受けるぞ。」
海鳴将軍は、空飛ぶ牛車まで後退すると、翼の生えた牛を車に固定している綱を、逞しい両腕で引きちぎりました。
海鳴「はいどう!はいどう!」
海鳴将軍は、翼の生えた牛に、勢いよく飛び乗ると、空へと舞い上がりました。
浦島太郎は、その一部始終を安全そうな岩陰から眺めていて、一緒に隠れている天の御者に言いました。
浦島太郎「おい、あの海鳴っていう将軍はさ、話しているとまるっきりトンチンカンのうすのろだが、戦の場では機転が効いて、いい働きをするじゃないか…。こりゃあ、計算のし直しだな。」
天の御者は、深い深いため息を、吐きました。
御者「浦島殿、あなたは自分のおっしゃってる事が、分かっておられない…。あの方は、海にその人ありと謳われた大将軍、海鳴殿ですよ。海鳴将軍と鯱鉾将軍の名前を聞けば、泣いてる赤子は黙り、黙っていた赤子は泣き出すというものです…。」
浦島太郎は、ニヤニヤしていました。
浦島太郎「名前なんかで、ゲームが出来るモンかあ…。」
海鳴将軍は天を駆け、金時の元に辿り着きました。
海鳴「金時殿!遅ればせながら、海鳴、馳せ参じました。貴殿を、助太刀致す!」
金時も、海鳴将軍を振り返り、笑顔になりました。
金時「海鳴将軍!早速だが、赤き竜の注意を、しばらくの間引きつけてくれ。私はあいつの、背後へ回ろう!」
赤き竜が、怒号と共に吐き出した青白い火炎が、二人の間に割って入りました。
海鳴将軍もまた、笑いながら大声で、返事をしました。
海鳴「承知いたしたぞ、金時殿!その役目、拙者、引き受けたでござる!」
海鳴将軍は大きく旋回して、赤き竜の炎をかわしながら、その鼻先に近づきました。
海鳴「おい、図体ばかりデカくて、のろまの竜よ!こいつをお見舞いしてやるぞ。受け取れ、そらっ!」
海鳴将軍は、力一杯槌を振るって、鼻っ柱を打ちました。
赤き竜「ゲアー!」
赤き竜は、頭を振るって嫌がりました。
海鳴「ハッハッハ!まだまだくれてやるでござる。遠慮するな、そらっそらっ!」
海鳴将軍は、巧みに翼の生えた牛を操り、離れては近付きを繰り返し、何度も赤き竜の醜い鼻を叩きました。
赤き竜は、またしても炎の息吹を吐き出して応戦しましたが、海鳴将軍はひらりとかわして、まだ打ちます。
海鳴「こういう強大な敵は、寡兵を募り精鋭を集めて、討ち取るのが上策のようでござるな…。いたずらに兵を増やせば、犠牲が増すばかりでこざろう!」
金時は海鳴将軍の働きを、満足気に眺めました。
金時「さすがは、天にその名が語り継がれる、海鳴殿…。優れた将ほど、基本的な事を大切に遂行する。戦の基本は、敵の嫌がる事を、徹底的にやる事だ!」
紫色の輝きを放つ金時の体は、宙を泳ぎ、赤き竜の背後を取りました。
金時「少し痛いぞ、思い知れ!」
金時の体は、滑らかに、しかし鋭く赤き竜の後頭部目がけて突進し、金時は白鏡で深く、えぐるように突きました。
赤き竜「グルル、グワァオー!」
赤き竜は、振り払おうとして頭を振りましたが、金時は動きを合わせ、傷口を広げました。
金時「白鏡、頼もしき我が友よ!」
金時は、体を上昇させながら、赤き竜の後頭部を、天に向かって斬り上げました。
赤き竜の苦悶が、秘められた胎中に、響き渡りました。
桃太郎「あわわ…。私は一体、どうすれば…。」
桃太郎は、抜き身の今生丸を構えて、ただただ震えておりました。