帰ってきた男達 16

浦島太郎は、バカにした様に大声で叫びました。
浦島太郎「おい桃太郎、何をやってるんだ?わざわざ秘められた胎まで、戦を見物しに来たのかい!さては、その今生丸とかいう刀は、ただのハッタリだな。」
桃太郎は、うつむいて怒りに身を震わせました。
桃太郎「私がバカにされるのは、いいんだ…。そんな事は、もう慣れっこだから。だがこの今生丸は、バカにはさせない。それだけは、許して置けないぞ!」
桃太郎は目の色を変えて、海鳴将軍の残していった車に乗り込みました。
桃太郎「よし、あった!おふくろ、おやじの名誉の為だ。力を貸してくれ!」
桃太郎は、持参してあった吉備団子を全て、口の中に放り込みました。
桃太郎「これだけじゃ、まだまだ力が足らん…。あれだ!あれを、使おう。」
桃太郎は、車に据え付けてあった宝珠を、吉備団子のバカ力で引き剥がし、そばにあった縄で、背中に結いつけました。
車から出て来た桃太郎を見て、浦島太郎はため息を吐きました。
浦島太郎「何だい、ありゃあ…。珍妙な、格好をしちゃってさ。」
桃太郎は、浦島太郎には目もくれず、金時と海鳴将軍の二人と、激しい攻防を繰り広げている赤き龍に向かって、突貫しました。
桃太郎「しかしそれでも、今生丸じゃあ、赤き竜の鱗は貫けまい…。だかまあ、何とかとハサミは、使いようだ!」
桃太郎の体は、ありったけの吉備団子と宝珠の力で、超人の様でした。
桃太郎は地を蹴ると、巨大な赤き竜の背中に、一飛びでかじりつきました。
赤き竜もそれに気付いた様で、大きな体を激しく揺さぶって、桃太郎を振り落とそうとしました。
桃太郎「何だい、これぐらい…。あいつらに、鬼から巻き上げた宝を、全部持って行かれた時に比べたら!」
桃太郎は、体勢を整えると、今生丸を振りかざし、先ほど金時が付けた、赤き竜の背中の縦横の傷めがけて、突き立てました。
赤き竜「ググ…。」
桃太郎は、スコップで土を掘り返す様に何度も何度も、赤き竜の傷口をえぐりました。
赤き竜「ゲェー、ギャア!」
その様子を、空から見ていた海鳴将軍の顔に、笑顔が浮かびました。
海鳴「さすが、桃太郎殿!金時殿が、見込んだだけの男でござるな。よ〜し拙者も、もう一働きするでござるよ!」
海鳴将軍は、隙を見て翼の生えた牛を、地上に降ろしました。
そして、そこから下りると徒歩で、巨大な岩の塊に近付きました。
海鳴り「これが、手頃でござるな…。よいしょお!」
海鳴将軍は、その岩の塊を両手で担ぎ上げると、そのまま赤き竜めがけて、勢い良く投げつけました。
赤き竜「ガァ〜、グルルル!」
岩の塊は、赤き竜の頭に直撃し、さすがの赤き竜も怯みました。
金時は大声で、海鳴将軍に呼びかけました。
金時「いいぞ、将軍!もう一投だ。もう一投、お願いしよう!」
海鳴将軍も、大きな声で返事をしました。
海鳴「かしこまってござる。それそれ、赤き龍よ。もう一発、お見舞いするでござる!」
海鳴将軍はもう一度、岩の塊を投げつけましたが、赤き竜も、そこまでバカではありません。
赤き竜は、重たい体を大儀そうに前進させ、岩に向かって頭突きを繰り出しました。
赤き竜「グワァ、グバァァ!」
岩は、粉々に砕け散りました。
そして、赤き竜はそのまま、海鳴将軍を炎の息で灰にしようと、口を開きかけました。しかし…。
金時「人間を甘くみるなよ、赤き竜!」
金時は、海鳴将軍の投げた岩の、すぐ後ろにピタリとつけていたのです。
金時の体から放たれる、紫の輝きは一層強くなり、金時はそのまま赤き竜の眉間に、白鏡を突き刺しました。
赤き竜「ギャア、ギャアア〜!」
赤き竜は、苦しみに身悶えしました。
その時浦島太郎は、もう一度叫びました。
浦島太郎「お三方、そんなモンで充分だ!それ以上やったら、お陀仏だよ…。」
三人は、それぞれ赤き竜から距離を置いて、その出方を伺いました。

地獄の最深部では、一人の女が煌々と炎を焚き、肌を露わにしながら、淫らに踊り狂っていました。
その口から、何やら忌まわしい、不快な響きの言葉が漏れていました。
その炎の向こうでは、茶色いヘドロの塊のような物が、祀られていました。
女の踊りは段々エスカレートし、呪いの文句はだんだんと、まるで嬌声の様に変化していきました。
茶色のヘドロは、低くブーンと唸り始め、内側から輝き始めました。
女は踊るのを止め、両膝を突いて、うずくまるように祈り始めました。
女「全てを滅びへ誘う、マルド・グム様…。地上では、大きな戦いが始まりましてございます。この戦いは、大きくなります。今に天国をも巻き込み、ヤハの造りしこの世界は、愚かで醜い者共の怨みで埋め尽くされるでしょう…。」
女は、恍惚とした表情で、立ち上がりました。
女「お待ちください、マルド・グム様。もう少しで、もう少しであなた様の嘆きが、ありとあらゆる存在を覆い尽くす日が、やって来ます…。」
女の名は、抗いし巫女エレナ。
地獄の底で、たった一人、マルド・グムに祈りを捧げているのです。
マルド・グムから漏れる光は、金時の体を包むそれと、全く同じでした。