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すばらしい日々(Grunge Spirits) 1

ゼロムは17才の夏休みに、長野に旅に出る事にした。
ゼロムには、若干ではあるが鬱病の気があり、学校にあまり通っていなかった。
母コラクは、そんなゼロムを心配して、知り合いの別荘への旅行を勧めたのだった。
心配なんて、ハッキリ言って鬱陶しいものだった。
しかし、家にいると担任やらクラスメートやらが、ひっきりなしに励ましにやって来るので、尚のこと鬱陶しかった。
ゼロムは、簡単に荷物をまとめると、愛車のTOMOS(オレンジ色だ。)にまたがる。
コラクは、心配そうに言った。
「他にも、必要な物があるんじゃないの?」
彼は、ぶっきらぼうに言い放つ。
「買うよ、うるせーな…。金くれ。」
コラクから10万円程受け取ると、エンジンを吹かした。

彼は、道にそれ程詳しくは無かったので、大きな国道に沿って、オレンジのTOMOSを走らせて行った。
どこも、似た様な景色に見えた。
走っている車の排気ガスの臭いや、おしゃべりに興じている連中に、存在する価値があるとは、彼は考えない。

山に差し掛かる手前で、空腹を覚えた彼はコンビニに立ち寄った。
店員は愛想よく挨拶をしたが、彼は容姿にコンプレックスがありうつむいた。
おにぎり二つとカップラーメンを買って、駐車場に座り込む。
ゼロムには、いつもある声が響いていた。
それは、こう言っていた。
「お前の存在は、誰からも祝福されていない。だからお前は、誰かを祝福する事が出来ないのだ。この神にも解けない結び目が、お前に解けるか?」
ゼロムは苛立って、カップを投げ捨てた。
残っていたラーメンのスープが、駐車場を汚す。
通りかかった家族連れは、複雑な表情でそれを眺めた。
周りの景色は、雄大だった…。
その雄大さが、彼の心を洗ったのかも知れない。
「こんなにも美しくて厳粛にそびえ立つ山々が、あんな愚かしい問いを、こんなにもちっぽけな自分に、果たして問うだろうか?」
ゼロムは、自分を見下ろす峻厳な山々を見詰めて、ボンヤリと夢想した。

ゼロムは、夕方には別荘に辿り着いた。
しかし、別荘をぐるりと取り囲んで、草も木も生い茂っていたので、中には入れない。
彼は手近な所にオレンジのTOMOSを停めて、向かいの家の戸を叩いた。
「すいません…。今日この村に来た者なんですが、雑草が凄くて家に入れなくて。手伝ってもらえませんか?」
中から顔を出したおばあさんは、黙って物置へと案内してくれた。
「ここにある物は、何でも自由に使っていいよ。でも、あたしゃ手伝わないよ。家に入りたきゃ、先ずはじぶんでやってみるこったね!」
ゼロムは一人取り残されて、途方に暮れた。
しばらく、別荘の周りをウロウロした彼は、意を決してスマホを取り出す。
ゼロムは、こう打ち込んだ。
雑草の刈り方」
別荘の入り口に、ようやく辿り着いた時には、夜の11:00を回っていた。
街灯の灯りを頼りに、草を刈るのももう限界だろう…。
ゼロムは、預かっていた鍵で戸を開けると、中に入った。
別荘の中は別荘の中で、凄惨であった。
彼は、こういう事態には慣れていなかったから、食べ物の準備などしていなかったし、今から宿を取るのも無理だろう。
本当に、どうしたらいいのかわからなかったが…。
夜空は、満天の星だった。
天の河もかかっていた。
まるで、夜空の星々が彼に語り掛けてくる様だった。
「お疲れさま。」
彼の心は、清々していた。
「何にせよ、先ずは返さないとな…!」
おばあさんから借りていた道具を、物置に戻した、とは言えない。
しかし、格好は付けておいた。
おばあさんの家には、まだ灯りは点いている。
彼が再び戸を叩くと、おばあさんは顔を覗かせた。
「終わったのかい…?」
ゼロムは、ハッキリと言った。
「いやあ、とてもじゃないけど、終わりませんでした。でも、ありがとうごさいます。また明日、貸して下さい!」
おばあさんは、静かにこう言った。
「お上り。」
居間に通されて座って待っていると、おばあさんは、お茶漬けと沢庵を出してくれた。
「今日は、泊まって行きな…。また明日、頑張ればいい。」
ゼロムは、お茶漬けと沢庵がこんなにも美味しい事が不思議だった。