すばらしい日々(Grunge Spirits) 7

夕方、ゼロムは隣の村の公衆浴場に居た。
人前で、裸を晒すのは恥ずかしい。
そう思ったのは最初だけで、今は何とも思わなかった。
子供に若者、おじさんもおじいさんもいる。
入湯料は、入り口に木箱が置いてあり、勝手に支払うシステムである。
木箱には、300円と書いてあった。
彼は、毎度毎度入れていた。
ゼロムは温泉から上がると、施設の裏手にある自販機で、「コカコーラ・ゼロ」を飲んだ。
糖の重みを含まない、褐色の軽やかな液体が、冷たく喉をすり抜けていく…。
不意に、スマホが震えた。
覗くと、ラフィーネからのメールである。
内容は同じだ。
ゼロムは根負けした。
「今から、別荘に帰る。駅で、待っててくれ。」
電車は、一時間に一本あれば、いい方だ。
乗り込むと、夕陽が射している。
車窓から、沈みゆく夕陽を眺めた。
夕陽は、一度山の陰に入り、再び昇る…。
「まるで、復活だ…。」
黒くそびえる山は、成る程雄大である。

駅には、ラフィーネが待っていた。
「こんばんは。」
手には、サルクホテルのロゴの入った、ケーキの箱を下げている。
「少し、歩くよ?」
ゼロムは、先に立ち促した。
別荘に着くと、ゼロムはいつも通りに風呂を沸かし、夕飯の支度をした。
…また、カレーだ。
彼は料理上手では無いし、経験もないから仕方ない。
ゼロムはラフィーネの分も、カレーと味噌汁をよそい、ちゃぶ台の上に並べた。
彼が、カレーを食べ始めると、ラフィーネは口を開き、ペチャクチャとこの前の事を謝り続けた。
カレーには、手を付けない。
やがて、風呂も沸き…。
ゼロムは言った。
「…入れば?」
ラフィーネは湯船に浸かりながら、これからの事を想った。
背筋がゾクゾクする。
一方のゼロムは、何もわかっていなかった。
そう、何も。
風呂から上がると、ラフィーネは花火をしたい、と言った。
ゼロムは応じ、ラフィーネの持参した花火の袋を開けた。
庭に出ると、彼は蚊取り線香を焚いた。
彼は、この香りが好きだった。
実用というよりは、趣味本位である。
ラフィーネははしゃぎ、手持ちの花火を振り回して喜んだ。
ゼロムは、それを避け走り回った。
最後に残るのは、いつも線香花火である…。
ゼロムが、線香花火に火をつけ、その儚い火花に魅入っていると、ラフィーネは静かに体を寄せてきた。
ラフィーネの体の温もりが、ゆっくりとゼロムの体に染み込んでいく…。
この時、ゼロムは自分のしている事の意味が、ようやく飲み込めた。
ゼロムは、花火がこんなにも美しいのは、花火という言葉が美しいからだ…、と考えた。

翌朝、向かいに住んでいるおばあさんは、茹でたとうもろこしを山程抱えて、ゼロムの住む別荘を訪ねて来た。
田舎の人は、ノックなどしない。
勝手に家に入って来る…。
そして彼女は、全てを知ってしまった。
しかし戒めの為に、とうもろこしは置いて帰った。
ラフィーネは、その事に気が付いていた。
いい気味だと、思った。
そして、ケーキを冷蔵庫の奥へ念入りにしまうと、タクシーを呼んでホテルに帰った。
昼過ぎになり、ゼロムは目が覚めた。
彼は、Tシャツを新しい物に替えると(ジーンズは、そのままだ。)、ポカリスエットを買いに雑貨屋さんまで歩いて行った。
…ファロムが、店先に座っていた。
「今日は、休み?」
ファロムはゆっくりと、一語一語噛み締める様に発音した。
「今日は、日曜日だから。」
彼は、ファロムの当たりの強さに、困惑した。
「ポカリ下さい…。」
ファロムは、言った。
ポカリスエットは、100円になります。」
ゼロムは、100円玉を一枚手渡すと、ポカリを受け取って店を出た。
目の前に広がる千曲川を眺めながら、ポカリスエットを飲み干した。
味が、変わっている…。
「ファロム、何怒ってんだろう?」
彼の世界の彩りが、ほんの少し変化していった。