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すばらしい日々(Grunge Spirits) 10

ラフィーネは、ゼロムが来るのを待っていた。
サークルの仲間達は、既にタクシーに乗り込んでいる…。
サークルの仲間達、特に彼女の恋人は、ラフィーネが何故こんなにもあの男に執着するのか疑問だったし、…勿論面白く思っていなかった。
恋人は、ラフィーネの手を強く引いた。
「いい加減にしろよ…、皆んなを待たせて。」
その傲慢さが、ラフィーネの勘に触った。
彼女は振り返ると、恋人を平手で打った。
「触らないでよ…、スケベさん?」
恋人は、口の中で「…何様のつもりだよ!」とモゴモゴ呟き、仲間達とタクシーに乗り込み発進させた。
ラフィーネは、自分が一人になった事を知った。
それは、覚悟していた…。
大して惜しくはない。
どうせ誰も、彼女に逆らえなかったのだ。
彼女が不安だったのは、ゼロムが現れるかどうか。
それだけだ。
何でも、自分の思い通りになったのに…。
彼女は、それを悔しいとは考えない。
ゼロムは、時折自分とは違う現実を観ていた。
そこに、私がいればいいのに、とは思う。
しかし、そこには誰もいない。
…或いは、何も無いのかも知れない。
その事に、何故惹きつけられるのか?彼女は、答えが出せなかった。
…だからなのよね。
そう考えて、自分を慰める。
原付の、軽い排気音が聞こえて来た。
彼だ!
彼女の豊かな胸は、高鳴った。
「悪い…。夏祭りの打ち合わせが、長引いて。」
ゼロムは、ヘルメットを脱ぎながら言った。
彼はいつも通り、汗臭かった。
履いているGoliathのスニーカー、白とグリーンのMeerも大分汚れていてクッタクタでヨレヨレだ…。
いつもそうだ。
ラフィーネは、潔癖性のきらいがあり、汗の臭いなど許せなかった。
…だが。
「新幹線は、間に合うの?」
ゼロムは、ボソッと聞いた。
「大丈夫、次ので行くから…。」
ゼロムは、居心地が悪そうにキョロキョロしていた。
ラフィーネは、彼をじっと見詰めている。
…少し、時間が経った。
彼女は、口を開いた。
「…私、あなたの事…。」
ゼロムは、快活に笑った。
「あんたさ、キレーだよ。…だから、自分を大事にしろよ。」
再び、場を沈黙が支配した。
ゼロムは、ヘルメットを被りながら言った。
「じゃあ、オレは行くから!」
オレンジ色のTOMOSは、見る見る内に小さくなっていった。
TOMOSは唸りを上げて、県道を加速していく。
山も川も、飛ぶ様に流れて行く。
ゼロムは、呟いた。
「クソったれ…。」
アクセルを、全開に開く。
「クソったれ!!」

ラフィーネは、長野駅から新幹線に乗った。
周りを見ると、家族連れやカップルばかりだ…。
彼女は、寂しさを感じた。
久しく感じた事はない、不思議な感覚である。
新幹線の単調な振動に揺られている内、眠りに落ちていた。
…小学校の頃の話だ。
彼女のクラスに、ダメな子がいた。
勉強も運動も、身の回りの事も、何も出来ない。
それなのに、いつもニコニコしていた。
ラフィーネは、彼に大して一番親しい人間の様に振舞っていたが、裏でいじめの指揮を執っていた。
ラフィーネは、その事に陰湿な快楽を感じてはいたが、悪い事をしているとは思わなかった。
中学校に進学する時、彼女は進学校に入学した。
そこでも、同じ様な事を繰り返した。
…今でも、同じよ。
彼女の中の「何か」が、そう語り掛けた。
高校生になってからも同じだったが、ラフィーネはささやかな過ちから、その地位から転落し、いじめられた事があった。
彼の事は忘れていたし、連絡を取った事はない。
しかし、彼から手紙が来た。
そこには、こう書いてあった。
「あなたの心が、本当はとてもきれいだって、ぼくは知ってる。負けちゃだめだよ!」
字も酷かったし、便箋も汚れていた。
ラフィーネは知った。
これは、恋なのだと。
…目を覚ました。
「ああ…。あれが、私の初恋だったんだ。」
ラフィーネの脳裏に、「弁護士」という言葉が浮かんだ。
思い上がりかも知れないけど、弱い立場の人達の為に、何か出来るかも知れない…。
今の私なら、強い自分で…。
いや、目指すのだ。
そういう私を!
「疲れた…。」
ラフィーネは、シートにもたれかかり、そのまま眠りに就いた。