ちょうどいい隣人(Folding Space) 1

オープニング・テーマ
「ある鼓動」 クラムボン
 

遠藤裕一は、電話の受話器越しに、愛を告げた。

「愛穂、好きだ…。」
河原愛穂もまた、受話器に答えた。
「ゴメン…、裕一は大切な友達なの。」
裕一は受話器を置いて、夜道を歩き出した。
アメスピのライトをくわえ、100円ライターの火を近付ける。
夜道に、小さな明かりが灯った。
…最後の一本だ。
黄色のソフトパックを握り締めて、投げ捨てる。
裕一は、今年で18になる。
高校を出て、フリーターをしながらの一人暮らしだ。
「な〜んで、うまくいかないのやら…。」
コンビニの目映い光が、だんだん大きくなって来る。
真っ白に輝く蛍光灯に照らし出される、入り口の灰皿に、煙草を押し付けて、中に入る。
冷蔵庫の前に立って、エビスの缶を二つ…。
いや、もう一本でいいのだ。
エビスの缶を一つぶら下げて、レジで煙草を注文する。
コンビニを出ると、間隔の広い街灯が、途切れ途切れに暗いアスファルトの道路を、黄色く浮かび上がらせていた。
…家には、帰りたくないな。
裕一は十字路を、アパートと反対に折れて、公園に向かった。
公園のベンチに腰掛けて、エビスの缶を開ける。
プシュッといい音がして、泡が溢れ出す。
慌てて、すすった。
アメスピ・ライトのパッケージの、ビニールの紐を取り外し、煙草を取り出す。
100円ライターには、ゴルゴ13がプリントされていた。
「フフフ…、女は信用しない事だ。」
ゴルゴは、笑っていた。
愛穂は、何で頷かなかったんだろう?
考えが、揺らめき始める。
学習院に行った愛穂は、高校の時からの友人でずっと遊んでいた。
二人は付き合っている…、そんな噂を、よく二人で笑い飛ばしていたのだ。
夜の闇に、煙草の煙が立ち昇る。
エビスの苦味とコクはいつも通りで、ソクロを満足させた。
「別に、恋人が欲しい訳じゃないんだよな…。」
事実である。
彼は、エッチしたいだけだったのだから。
一人暮らしを始めて、何度か愛穂をアパートに呼んだ。
二人は、煙草を吹かしてビールを飲んだ。
そして、大抵は音楽と映画の話に終始した。
Liveに行く事もあった。
バイトしてお金を貯めて、夏になれば愛車の白地に黒のYAMAHA DragStar400を飛ばしてフジ・ロックやサマソニに参加した。
映画に行く事もあった。
他にも祐一は、ミヒャエル・ハネケ監督の過激で厳粛な作風にハマりDVDを買い漁る。
愛穂はラース・フォン・トリアー監督の憂鬱でエキセントリックなテーマに心惹かれ、二人はどちらの監督の作品が優れているかを論じあっていた。
「…いいムードだったとは、思わないさ。」
下品な冗談を言い合ったり、いわゆる下ネタ、もよく話題に上った。
二人とも、退屈なのは許せなかった。
好奇心が旺盛で、いつも新しい楽しい事を探していた。
振られたという事実が、彼を落胆させていた訳ではなかった。
では、好きではないのか?
そんな事は毛頭ないのだが…。
何か、おかしい気がする。
納得できなかったのだ。
他に好きな男でも、いるのか?
そんな筈はない。
いつも、一緒にいたんだから!
…それでも、何でも…。
いくら考えても、答えは出なかった。
「忘れる事だな。ブシェミには、勝てんという事だ。」
彼女は、俳優のスティーヴ・ブシェミが好きだと言っていたのを思い出す。
〆に東ハトのビーノの袋を開け、パリポリと味わう。
エビスには、ビーノだよな!
二人は、良く話したモノだ…。
煙草を携帯灰皿に入れて揉み消し、空き缶を手にすると、ベンチから立ち上がって、公園を後にした。