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再臨物語(Song About Distance) 前編

オープニング・テーマ
「都会」 大貫妙子
 

今より少し前の、とは言っても現代の日本に、やがて主となる赤子が生まれました。

両親はクリスチャンで、正教会に通っていましたが、普通の人間でした。
お父さんは良晴(パウエル)、お母さんは恵美(ニーナ)。
子供は岡崎良太(アウラアム)でした。
良太は子供の頃、特に目立った才能は発揮しませんでした。
天才的な頭脳の閃きがある訳でもなく、運動が人より出来た訳でもない。
一人っ子だったから多分に甘やかされたきらいのある、目立たない少し地味な普通の男の子だったのです。
良太は、両親に抱き上げられハリストスの聖像に接吻する度、思っていました。
「神様って、タイヘンだよね…?みんなのお願いを、聞き届けなきゃなんないから…。ぼくはそんな偉い神様の為に何が出来るだろう?」
ただ彼には、一つだけ才能と呼べる物があった。
彼は、人から慕われた。
幼い頃両親と共に、海に遊びに行く。
すると、見知らぬ子がやって来て話をする。
そうすると、もう友達になってしまうのだった。
良太は、そんな不思議な所があった。
…そんな訳で、彼はいつも人間関係に恵まれ、親しい人達の助けを借りて、呑気なボンヤリとした子に育っていった。
好きだったアニメは、「ドラゴンボール」。
孫悟空の無心さに、憧れていた。
好きな食べ物は、近所のお肉屋さんのメンチカツだが食べ方は変わっている。
良太は「ソー酢」と名付けていて、ソースと酢それにクレイジー・ペッパーを少量かけて食べる。
クレイジー・ペッパーはジャケットに惹かれて理由もなく買って以来、自分のおこずかいで買っていた。
母親の恵美は何度も何度も口を酸っぱくして注意したが、彼は目を盗んでは「ソー酢」をかけたものだ…。
良太が12才の時、一人の女の子を好きになった。
鈴代勝美。
女性として生を受けた、かつての息子イサクである。
勝美の家は裕福だった。
一方、良太の家は貧しく、みんなとどこかに出掛ける事は殆ど出来なかった。
良太は勝美に、よく意地の悪い仕打ちをした。
その辺は、普通の男の子である…。
勝美は大人しかった。
何も抗わなかったし、言い返しもしなかった。
そんな日々が続いた。
学校の遠足があった。
土手に、散歩に出掛けたのである。
良太は勝美を、みんなから少し離れた橋のたもとに、呼び出した。
…勝美は、ドキドキしていた。
どんな、意地悪をされるかわからないからである。
勝美は、先生を呼ぼうとした。
良太は、まるで覆い被さる様にその唇を素早く塞いだ。
そして、言った。
「…大きくなったら、ぼくのお嫁さんにするよ。」
勝美は、中学校に移るのを機に、転校してしまった。
住所は、もちろん知っていた。
しかし、良太は自分から手紙を送るのを、嫌がった。
…だから手紙なんて女の子みたいじゃないか!、と思う。
勝美はずっと待っていた。
そして、それきりになってしまったのである。
良太は中学校に入学し、親友となる篠原純平(エサウ)に出会った。
エサウは、洗礼者ヨハネである。
彼は、主の先駆けとなる運命にあった。
純平は先ず、良太に煙草を教えた。
マイルドセブン・ライトである。
不思議な事があった。
初めて煙草を吹かした時、良太はむせなかった。
そして、すぐに「美味いな…、これ。」と、馴染んでしまったのである。
良太が帰宅すると
母親の恵美はすぐに、煙草の臭いを嗅ぎつけた。
彼女は、香りに敏感だったのである。
しかし、夫に相談する事もなく、その胸に閉まっておいた。
次に純平は、良太にエッチビデオを見せた。
二人で純平の部屋で、何をするでもなく無言で、ひたすら観たのである。
森下くるみさんのエッチなビデオを…。
そして純平は言った。
「天国とこれと、どっちがいいと思う?」
良太は、考えに考えて応えた。
「わからない。ただこれは、スゴイな…。」
彼はその映像を、懸命に目に焼き付けていた。
最後に、純平は良太に、三本のカセット・テープを渡す。
RADIOHEADの「OK COMPUTER」。
Bjorkの「Homogenic」。
そして、Red Hot Chili Peppersの「Blood Suger Sex Magic」である。
良太は、形相を変えて両親に頼み込み、中古の安いベース(SquierのJazz Bass)を買ってもらった。
純平は、ドラムを叩いた。
二人は、暇さえあれば練習し、鬱憤を晴らした。
彼らが高校時代に組んでいたバンドは、「ソフィスケイテッド・モンキーズ
コピーしていたバンドは、「Nirvana」「Rage Against The Machine」「At The Drive In」などである。
何かしたかったが、何も出来ない。
一角の者でありたかったが、何者でもない。
欲しい物は山程あるが、何も手に入らない。
そうした、いわゆる青春と呼ばれる日々を二人は過ごしたのだ。
ある日スタジオ練習の帰り道、良太は一人でサイゼリヤに寄り遅めの夕食をとっていた。
メニューは、好きなキャベツ入りのペペロンチーノとキャベツのピクルス。
狭いテーブルの上に、食器の合間を縫ってベース・マガジンを広げて読み耽っていると…。
「席、空いてますか…?」
突然、誰かから話しかけられた。
良太が目を上げると、そこには短い髪を後ろで束ねた女性が立っている。
見た所年は20代後半から、30代前半。
オフ・ホワイトのパーカーに、淡いブルーのトップス。
それに、色の薄いスキニーのジーンズを穿いていた。
「ええ…、空いてますよ。」
よくはわからなかったが、キレイな女性だったから気分は悪くない。
すると女性は、良太の向かいの席に座り込み話を始めた。
彼女は、名前を千奈子と名乗った。
主婦をしていて、倉庫でのパート・タイムの帰りだと言う。
彼女の料理が運ばれて来て(それは、ミート・ドリアだった。)、彼はトイレに立った。
用を済ませてトイレから出ると、客席に通じている細い廊下に遮る様に彼女が立っている。
「キス…、する?」
良太は、咄嗟に頷いた。
千奈子の体を引き寄せて、二人は唇を重ねた…。
食事が済み話も尽きた頃、二人は店を出た。
「私、車だから…。送るよ。」
良太は断ったが断り切れず、車に乗ってしまう。
千奈子は、良太の指示を無視して車を走らせて行った。
「彼、今日は夜勤だから帰ってこないの…。」
彼はもう覚悟している。
辿り着いた先は、もう言うまでもない…。
ラブ・ホテルだ。
良太は、童貞を失った。
事が済んでしまうと、千奈子は良太に抱かれながら安らかな寝息を立てている。
その日の出来事について、彼は後になってからあまり詳しく思い出さなかった。
まるで夢の中での出来事の様にも思えたからだ。
ただ一つだけ確かなのは、コンドームとは何故あんなにも嵌め難いのだろう?と考えた事である…。
さて、良太は18才になったが特にしたい事もなく、フリーターになりタワレコバイトしていた。
そこには、猿田清彦(ナインの若者)という社員がいた。
偶然では無い…。
彼もやはり正教徒だが、良太とは直接の面識は無かった。
だが、清彦は主である良太を待っていたのだ。
彼は、神から聖櫃「-ARK-」を預かっていた。
来るべきその日に備え、良太に聖櫃「-ARK-」
を引き渡す為に。
しかし運命の悪戯であろう。
そこに社員として、御堂咲華(さやか、ヘロディアの娘・ルナーゼ)がいた。
背の低いクリッとしたつぶらな瞳の、思わず抱きしめたくなる様な愛らしい出で立ち…。
しかし彼女は、誰にもその事を知られていなかったが悪魔ベルゼブルに取り憑かれた、忌まわしい魔女である。
咲華は、聖櫃「-ARK-」を狙った。
ベルゼブルの魔力を駆使して、言葉巧みに清彦の心に忍び込み、然るべき結末を迎えた。
清彦は悔いた。
しかしもう遅い…。
聖櫃「-ARK-」は咲華に、悪魔ベルゼブルに奪われてしまったのだ。
咲華は、その「聖櫃」の力に依って、良太が主である事に一目で気が付いてしまった。
彼の手相に、「聖痕」があったのである…。
何故彼女は、悪魔ベルゼブルに魂を売ったのか?
それは彼女の心が、常にアウラアムにあったからである。
前生の前生の…。
リベカである頃から、ずっと。
彼女は誰にでも愛想は良かったが、アウラアムにしか心を開かなかった…。
アウラアムが主と一つである事にヤキモチを焼き、主からアウラアムを奪いたかったのだ。
だからといって、自分から良太に声を掛けたりはしない。
そこは勿論女性である。
良太が、自分に気がある事はすぐに気付いていた。
しかし、良太は人から慕われる。
男からも…、女性からもである。
それが気に喰わなかった。
彼女は、チクチクと良太を苛めた。
良太は気は良かったが細かい事が苦手で、特にパソコンを使った商品の在庫管理や伝票の整理が不得手だった。
作業が遅く、ミスも多い。
その事を人前で公然と注意したり、休憩時間にネチネチと責め続けたのだ。
それでも、良太はいつも笑いながら謝った。
それが咲華の心を、引き裂いたのだ。
咲華は揺れた。
アウラアムに惹かれていく自分と、何とかして彼を屈服させ辱めたい自分に…。
良太を自分の、堕落した罪の奴隷にしたいと願った。
それが情念の悪魔、ベルゼブルを喚んだのである。
咲華には、同じ職場に"友人"と呼んでいる女性がいる…。
須藤久美(ベタニアのマリア)である。
彼女は服装も顔立ちも地味で、ソバカスがあり眼鏡をかけていた。
好きなバンドは、プライマル・スクリームやブラー。
咲華と一緒に近所の喫茶店「幸運の煉瓦亭」でお茶していると、久美にこう言った…。
「良太くんってさ、ちょっとウザくない?」
咲華ペリエを頼み、久美はホット・チョコレートを頼んでいる…。
だから…久美は黙って聞いていた。
「何か知らないけど、メールとか結構送ってくるしさ…。でも、仕事出来ないじゃん?彼ってさ、ちょっと勘違いしてるよね。私のエッチなコトとか…、考えてそう。」
久美は聞きたくないと思った。
だから、私だって良太さんが好きなのに!!…、という言葉を必死に飲み込む。
久美は大人しく柔和な性格であり、容姿もまたその通りである。
久美もやはり正教徒だった。
良太は、気持ちの晴れない清彦と久美をよく飲みに誘ったモノだ…。
キリスト教を語る会」と名付けた良太は、ビールをグイグイ飲んではキリスト教について一人で語り続ける。
「ハリストスが受難して聖神が降臨して人間は救われたって言っても、やっぱみんな毎日苦しいじゃない?何かが間違ってるのかそれとも別な可能性を辿るべきなのか、考えなくちゃいけないよね!!例えばさぁ、イスカリオテのユダが許されたり赦したりするにはどうしたらいいんだろう?」
そうしてひとしきり気の済むまでしゃべると…。
「あ、俺"タモリ倶楽部"観なくちゃ!」とか何とか言って、二人を残して帰ってしまう。
そうすると残された清彦と久美は、途切れがちに二人で話すのだ。
主には、清彦の苦衷についての慟哭である。
久美は黙って聞いている…。
その心中は、わからない。
女性の洗練された好意の秘密がどこにあるか?
それは男にとっては、永遠の謎である。
そんな日々を過ごす内、咲華は会社の飲み会の席で良太にこう発言した。
「私の乙女心を充せたら、エッピさせてあげる。」
咲華は、本当に罪に堕落した。
良太は、ある意味で言えばバカである。
彼は言葉を聞き流せないのだ。
どんな些細な言葉でもその場の思いつきであっても、その意図を真剣に探り熱心に考え込んでしまう。
…彼は、混乱した。
わけがわからなかったからである。
それは兎も角、世は乱れていく…。
悪魔ベルゼブルの物となった聖櫃「-ARK-」と、良太の気の迷いの為に。
良太は、タワレコバイトを辞めてしまう。
彼は女性が大切にしている「乙女心」を、充たせない様なツマンナイ男だったのだろうか?
そんな事はない。
しかし、彼は決意した。
そして、流浪の旅に出る。
…その旅はあまりに過酷を極め、ここに記述するのははばかられる。
しかしその間も、咲華はちょくちょくアウラアムにメールを送り、その心を弄んでいた。
良太も、何かあれば彼女にメールを送る。
その間出会う事は一度も無くメールだけの関係だったが、誰にも説明出来ない不思議な想いが育まれていった。
彼女の心は、良太からのメールをいつも待っていた。
勿論咲華は、そんな事は認めない。
一方の良太の瞳には、彼女の顔のイメージがいつも映っている。
そんな関係はお互いにとって、とても満足とは言えなかったが…。
そんな良太にとって唯一の慰めは、たまに飲むギネスだけであった…。
愛とは何か?
彼は見つけようと、もがき続ける。
その中には…、こんなエピソードがある。
…ある時良太は、交通事故に巻き込まれ…足を骨折した。
病院に入院した良太は、…ナースの依紙菊鞠(よるしら きり)と親しくなった。
親しくなるキッカケは…良太が食事の度に、「…ごちそうさま。美味しかったです…。」と語っていた事に起因する…。
菊鞠は明るい女性で、…ふさぎがちな入院生活を送る良太に…元気な活力を送っていた。
…そんなある日、良太はいつもの様にオ◯ニーをしようとする。
入院生活も長くなり…巡回の時間ももうわかっていたから…、そこからはズラして始めた。
「◯◯さ〜ん…、お熱計らせて下さいねー!」
…しかし、突然開くカーテン。
顔を覗かせたのは、…菊鞠であった。
「…あっ!!ごめんなさい…!私、…ベッド間違えちゃった〜!!」
その瞬間…、妄想が真夏の入道雲のように膨れ上がり。
「私…、良太さんがベッド上で…自慰してるの見ちゃって。…だから、だから。」
「…マジ、ヤッダぁ〜!!!わざと、…見せたんじゃないの?で、どのくらいの大きさだった…?少しは…、"何か"の役に立ちそう?」
だから良太は、どうしていいのかわからなかった…。
…それでもまぁ、続けたという事であった。
 
「Inertiatic ESP」 The Mars Volta