Black Swan -overload- 9

「ん、ここはどこだ…?」

ゼクが目を覚ますと、ミミカが甲高い声を上げた。
「気が付いたんですね、ゼクさん!よかった…。」
ゼクが周りを見渡すと、部屋には幾つかのベッドが設えられていて、薬の匂いが充満している。
ゼクの他に二人、ベッドに横たわっていた。
「医務室か…。アンタは?誰だい。」
ミミカは、うつむいて頬を赤らめた。
「あの、あたしミミカっていいます。ここの研究員で…、看護のお手伝いをしてるんです。失礼します!」
ミミカは身を乗り出すと、ゼクの胸から肩にかけての包帯を、手際よく外していった。
深くはないが、狗香炉の一撃が傷跡として残っている。
出血は止まっているようだ。
ミミカは小鉢から、擦った薬草や木の実の混ざった物を、ゼクの胸に丁寧に何度も塗り込む。
「イテテ…。」
ゼクが呻く。
「しみますか?でも、傷にはこれが一番よく効くんです。私、田舎者だから…。」
「ミミカちゃ〜ん!」
ローランドが、浮かれた様子で入って来た。
「またあなたですか!ここは、医務室ですよ。」
ローランドは、懐から真珠をあしらったイヤリングを取り出した。
「ほら、君の為にヘムの村までわざわざ行ってさ、いい奴を買ってきたんだ。きっと、可愛い君にピッタリだと思うよ。」
「やめて下さい、勤務中ですよ!ゼクさん、今包帯を新しくしますからね。動かないで下さい…。」
かいがいしくゼクの世話をするミミカを、ローランドは面白くなさそうに眺めていた。
「今度、ヘムの村のもっと上の方に行こうよ。眺めのいいところがあるらしくてさ、最高の絶景らしいぜ!」
「じゃあ、これで私は失礼します。…また何かあったら、呼んで下さい。すぐ、すぐ来ますから!」
ミミカはペコリとお辞儀をすると、小走りに出て行った。
ローランドはベッド上のゼクを、上から見下ろしながらハッキリと告げた。
「ほら、煙草の差し入れだ。なあゼク…。ミミカちゃんは、俺の物だからな!手をだすなよ、わかったな?」
ローランドは、ミミカの後を追って部屋を出て行った。
「ああいうことをされると、ここの風紀が乱れるんですよ。大体、不謹慎でしょ?全く、何をしに来たのかしら…。」
「まあ、いいじゃないかハウシンカ。彼らにだって、息抜きは必要なんだし、度が過ぎなければ…。」
入れ替わりに、ハウシンカがセトを伴って医務室に入って来た。
「どうやら、気が付いたみたいね。どう、調子は?」
ゼクは、ハウシンカを見上げて言った。
「まあまあだ。」
「どうやら、大丈夫みたいだね。よろしく、ゼクくん。改めて名乗るよ?ぼくはセト。聖コノン騎士団長だ。」
セトは、清々しい挨拶をした。
「…。」
「君も知ってるとは思うけど、ぼくら聖コノン騎士団はこの近くのカトラナズの国と、影の国の国境沿いで戦っている。当面の敵は、あの狗香炉だ。」
ゼクの目の色が変わった。
「どうやら、彼らは少々無理をして、このヘムの村のザハイム研究所の発掘現場まで、足を伸ばしてきたらしい。君はどう思う?彼らの狙いは…。」
ゼクは、思っていることをぶつけた。
「理由はわからん。だが、この発掘現場自体が目的だったんだろう。」
セトは、ゆっくりと頷いた。
「君もそう思うかい?実は、ぼくもそうなんだ。説明は出来ないけどね。ゼクくん…。ぼくら聖コノン騎士団から、二個中隊をここに派遣する。一応ルカーシというぼくの副官をつけておくけど、何かあったら君の指揮下に入る様、言いつけておく。上手く、使ってくれ!」
ハウシンカはびっくりして、慌てて割って入った。
「ダメよ、そんなの!ゼク、今聞いた通り。今後、ここは聖コノン騎士団の指揮下に入ります。それがわかったら、今後は今回みたいな独断専行は控える様に!たまたま、上手くいったからって、次もそうだとは限らないんですから。」
セトは、ハウシンカが落ち着くのを待って、ゼクに手を差し出した。
「今後も、よろしく頼む。特に、彼女のことをね。」
ゼクは一瞬ためらったが、その手をとった。
「わかったよ。どっちにしろ、それが仕事だからな…。」
ハウシンカは、セトになだめられながら出て行った。
ゼクは一人になると、体が動くかどうかを確認し、早速煙草を吸いに外へ出た。