Black Swan -overioad- 13

ブラック・スワンの三人は、首都シュメクのザハイム研究所本部に向かって出発するハウシンカとミミカと共に、ヘムの村を発った。

ヘムの村からオルト山の麓の港まで、徒歩での移動だ。
ブラック・スワンの三人は自分で荷物を担いで歩くが、ハウシンカとミミカは人足を雇っている。
「別にさー、わざわざ現場監督自ら報告に行かなくても、ほらミミカだけとかレポートを持たせりゃ、それで済むんじゃね?」
ゼクは不満がある訳ではなかったが、面倒だとは思った。
「そう思うでしょ?それが、出来ない男の証拠なのよ!ザハイム所長の考え方によれば、報告っていうのは一番難しいの。だって報告は、報告する人の考え方を反映してしまうでしょ。それだと、実際に任せた人間の考えが見えてこない。だから、現場を監督するその人物に、直に会って話を聞きたい…。そういうことよ!」
ゼクは、別段反論もしなかった。
ハウシンカの物言いにも、慣れてきている。
山道を下っていると、ミミカがポツリと漏らした。
「…ソクロさんは、どうして司祭になろうと思ったんですか?」
ローランドは動揺した。
「ミミカちゃん!今度はソクロ?」
ハウシンカは、そんなローランドを無視した。
「どうしたの、急に?まあ、ソクロさんにだって何か理由はあるんだろうけど…。」
ミミカはゆっくりと話す、おっとりした性格なのだ。
「だって、司祭って大変じゃないですか?決まり事とかが、沢山あって。」
ソクロは、穏やかに答えた。
「正統教会は、そんなに戒律は厳しくありませんよ。時期によっては、食事内容に制限もありますが。」
ミミカは、真面目に聞いている。
「そうなんですか?でも、立派な人じゃないとなれないんでしょう。」
ソクロは、腕を組んだ。
「その通りです。厳しいのは、戒律ではないんです。人々の悩みに寄り添う理性。困っている人に力を貸す知恵。人間としての生きる力が、求められる。それが、私達の行使する理力の源です…。だから私は、まだ助祭なのですよ。」
「ミミカちゃん、俺に何か聞きたいことないの?」
ローランドが割って入る。
「ありません!私はあなたみたいな人、好きじゃありませんから。」
ゼクは、ニヤニヤ笑っている。
「こりゃあ、脈無しだな…。」
ローランドは、ガックリと肩を落とした。
夜…。
ハウシンカとミミカは、一つのテントを共有している。
二人はそれ程仲がいいということはなく、あまり話すことはない。
ハウシンカはファッション雑誌「FUDGE」を読んでいたが、ミミカはボンヤリしていた。
「ミミカさん…、ちょっといいですか?」
ソクロの声だ。
「はい、今出ます!」
ミミカは上着を羽織ると、テントの外に出た。
ソクロは焚き火の前で、簡単な椅子に座っている。
ソクロはミミカに気付くと、自分の隣に用意してある椅子に促す。
「失礼します…。」
ミミカが椅子に腰掛けると、ソクロは一冊の古い本を差し出した。
分厚い本で、相当読み込んだのだろう…、大分ボロボロになっている。
「この本が、私が司祭を志したきっかけなんです。」
タイトルに目をやると、そこには「罪と罰」とあった。
ミミカは、素直に聞く。
「罰は分かりますけど、罪って何ですか?」
ソクロは、笑った。
「難しい質問ですね…。旧い世界でよく用いられた言葉で、何と言うか犯してはならない過ち、といった意味です。」
ミミカは、頭がいい。
「してはいけないこと、でしょうか?」
ソクロは、頷いた。
「そう、その通りです。ほら、古い十戒にあるじゃないですか。あれですよ…。」
ミミカは、不思議に思う。
「でも今時事情もないのに、そんなことする人いませんよね。」
ソクロは、じっくりと考えながら話を続けた。
「それは、その通りです。新しい十戒がもたらされ、罪は無くなってしまった。その時より、もっと昔の世界の話です。その頃は、事情もなく戦いでもないのに、人が人を殺すことがあったと聞いています。」
ミミカには、、軽いショックだ。
「そんなこと、信じられません…。」
ソクロは、続けた。
「この罪と罰は、まさしくそんな人殺しの罪を犯してしまった青年の話なんです。」
二人の間は、しばらく沈黙と共に時間が流れる。
ファウストという物語、それにこの罪と罰、そして、こころという物語は聖書と同じ様に大切だと、そう正統教会では教えています。」
ミミカは、勇気を振り絞って言った。
「怖いけど…、読んでみたい。」
ソクロは、嬉しそうに笑った。
「お貸ししますよ…。じっくり時間をかけて読んで下さい。いい本は、一生付き合える友人の様ですからね。」
ソクロは、自分のテントに戻った。
焚き火の明かりでは足りない。
ミミカはテントに戻ると、ランプを持って来てその灯りで本を読み進めた。