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Black Swan -overload- 14

五人はキャンプをたたんで、出発した。
先頭はゼクとローランド。
その後ろにハウシンカとトルカが続き、最後尾はソクロだ。
五人は黙々と進んでいく。
「今日中には、港に着くかしら?」
ハウシンカがゼクに尋ねた。
「昼迄には着くだろう。でも船は夕方にならないとこないから、少し待つぜ?」
ハウシンカは、ホッとした。
荷物を持っていないとはいえ、決して歩き慣れている訳ではない。
「どこかに、美味しいランチを出してくれるお店はないの?」
ゼクは、イライラした。
「あのな港っつっても、ホントに桟橋があるだけなんだよ。船員なんかが使う、定食屋ならあるだろうけど。」
ソクロは、さっきからトルカがあくびばかりしていることに気づいた。
「どうしました、トルカさん。眠いんですか?」
トルカは、顔を赤くした。
「ごめんなさい、昨日あんまり寝てなくて…。」
ソクロは、心配そうに聞いた。
「眠れなかったんですか。何か心配事でも?」
トルカは、恥ずかしそうにしている。
「そうじゃないんです。ちょっと…。」
「悩み事でしょうか?私でよければ…。」
トルカは、うつむいて言った。
「本です。昨日借りた…。読み過ぎてしまって、寝てないんです。」
ソクロは、呆気にとられてしまった。
トルカの話によると、昨晩はあれからずっと「罪と罰」を読んでいて、ほとんど寝ていないらしい。
「それはそれは、嬉しい様な何と言いますか…。」
トルカは言った。
「ラスコリーニコフさんは、正教会ですよね…。」
ソクロは、頷いた。
「そうです。私達の正統教会の礎になった。」
トルカは、遠くの方を見つめて言った。
「じゃあ、やっぱり八端の十字架を下げていたんでしょうね。」
ソクロも、遠くを見つめる。
「そうかも知れませんね。」
二人の間を、沈黙が横たわる。
やがて、再びトルカが口を開いた。
「発見されたんです。最後の、四つ目の聖遺物、八端十字架…。」
ソクロは、驚いた。
「そうなんですか!それは、すごい…。」
トルカは、何かに急かされる様に言葉を紡いだ。
「ザハイム研究所は今、八端十字架、聖杯、聖櫃、聖なる槍を全て所有してるんです。八端十字架も、霊的な構造はその他の聖遺物とそれ程は、変わらない。じきに解明されるでしょう。ソクロさん…。ザハイム所長の目的は、何だと思いますか?」
ソクロの脳裏に、ゼクの言葉がよぎった。
「私、怖いんです…。所長は、罪を犯しているんじゃって。この本を読んでいて、そう思いました。」
ソクロは思案し、ゆっくりと語った。
「大切なことは、それが例え神であっても人であっても、一匹のハエだって、崇敬の気持ちを持つことです。英雄ラルゴは戦いの最中に、彼を偲んだ一匹のハエと、心を通わせたと言い伝えられています。それが、神々を統べる至聖三者の一人、崇敬者を造り出したのだと…。私の妻も言っていました…。」
「えっ?お前、童貞じゃないの!」
ゼクは、大声を上げた。
「信じられない!私、ソクロさんって女性に興味ないのかと思ってた…。」
ローランドは、呆れて言った。
「そんな訳ねぇだろう。シュメクに奥さんがいる。娘も一人いるんだよな?」
ソクロは、複雑な気持ちになった。
「そんなにおどろくことですか?私だって、普通の人間です。25才ですよ?そりゃあ、妻ぐらい…。」
ゼクは、勢い良く突っ込んだ。
「だって、お前坊主だろ?普通、坊主ったら童貞じゃないか。」
ハウシンカも同意した。
「そうよそうよ!それに、ソクロさんって真面目だし、女性と話してるところなんて見たことないわ。」
ソクロは、頭がゴチャゴチャした。
「それは、たまたまでしょう!それに、私は仏教徒ではありませんから、お坊さんではないんですよ。正統教会では、妻帯が認められていて…。」
ローランドは、ニヤニヤしていた。
「なあ、こいつのプロポーズの言葉知ってるか?」
ソクロは、真っ赤になってしまった。
「ローランドさん!余計なことは、言わなくてよろしい!!」
ゼク達は、興味津々だ。
「勿論、聞きてー!」
「私も!」
「…私も、知りたいです。」
ローランドは勿体つけて、語り始めた。
「こいつの奥さんはな、こいつの務めていた教会の信徒だったんだ。奥さんはボランティアで、教会に飾っていた切り花を活けてたんだ。」
ソクロは、泣きそうだ。
「ローランドさん、もういいでしょう…。」
ローランドは、容赦なく続けた。
「それが、段々評判になってな。教会から認められるようになった。その時、花を買ってくる係に任命されたのがこいつだ。」
ゼクは、大喜びだ。
「それを、くっちまったのか!やるなあ、ソクロ。」
ハウシンカは、冷淡だ。
「そういう言い方って、ないんじゃない?」
ローランドは、続ける。
「ある日こいつは、聖歌隊の連中を集めて、奥さんを教会で待ち構えた。奥さんが教会にやって来る時間は、いつも同じだったからな。」
ソクロは、懇願した。
「ローランドさん、お願いですからやめて下さい。それ以上は…。」
ローランドは、興に乗ってきた。
「奥さんが、教会の扉を開けると…。賛美歌の大合唱だ!こいつはソロ・パートを自分でとって歌い上げた。そして、賛美歌が終わるとこいつは指輪を取り出して言った。」
ハウシンカは、興味津々だ。
「何々?何て言ったの?」
ソクロは少し離れた所から、みんなを見守っている。
ローランドは、ゆっくりと止めを刺した。
「私は、あなたへの愛に仕えます。何故なら、愛こそが私の仕える神なのですから。だとよ!」
ハウシンカは、目を輝かせた。
「キャ〜、ソクロさんやるぅ!」
トルカも、うっとりしていた。
「ソクロさんて、ロマンチストなんですね…。」
ゼクは、不満そうだ。
「つっまんねーオチだな!笑いはないのかよ…。」
ソクロは、それからしばらく誰とも視線を合わせなかった。