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Black Swan -overload- 17

ここは影の国。
影の国の中心は、古きエデンにある城「黒き子宮」である。
「黒き子宮」の主は、クリングゾール。
影の国の王だ。
クリングゾールは、奇怪な呪文を唱えている。
内容は、普通の人間には理解できない。
不服、怨嗟、嫉妬、そういう感情の集合体なのだから。
クリングゾールの左手は、薬指だけが女性である。
そこには彼が「不幸の円環」と呼ぶ、呪術の指輪がはまっていた。
彼は、自らと結婚したのだ。
その指輪の魔力で、亡びてバラバラになっている存在を継ぎ接ぎし形にする。
影の国の民は、彼が作り出していたとも言えるし、喚び出していたとも言える。
クリングゾールが最初に作り直したのは、蛇だ。
蛇は、滅んでいた。
蛇はまだ存在していた頃、人間は怠惰であるという想念を生み出し続けたが、英雄ラルゴに全て反証され存在する理由を失った。
クリングゾールは、蛇を人間の女性として形作る。
自らの相談役としてだ。
しかし、彼女には性器がない。
この始まりが、全てを決定した。
影の国には、レミロを除いては性が存在しない。
クリングゾール王が詠唱を終えると、暗い室内に赤黄色い光の筋が差し込み、魔法陣を描く。
暗闇に浮かび上がる魔法陣には、蛇の姿があった。
「どうだ、蛇よ…。」
蛇は、跪いている。
「順調です。カトラナズの連中は、誰一人として私が蛇だとは気づいていません。」
クリングゾール王は、唇を歪めて笑った。
「…神に感謝すべきだな。その寛大さに。」
蛇は、姿勢を崩さずに答えた。
「神は私達の様な否まれる存在に、こう仰いました。証明は三度成されて、初めて全き物となる。私達が人間を試みるのは、これで三度目。初めはサタン。次はメフィストフェーレス。最後はこの私。神はこれが最後の機会だと、私に告げたのです…。」
クリングゾール王は、取るに足らなそうに言った。
「証明に意味などない!言葉など、力の前では何になる!目に見えているこの世界こそ真実であり、唯一無二の現実なのだ。霊の存在など、それこそ証明されておらんのだ!」
蛇は、赤子をなだめる様に話した。
「クリングゾール様、私の計画をお忘れですか?私の計画は、カトラナズの連中と影の国の民の存在を入れ替えること。連中が、霊が存在の本質であり、個体の証明であると信じているなら、その霊を利用すればいい。それが証明によって為されるというのなら、証明の不要を証明してやればいいのです…。」
クリングゾール王は、気持ちよく聞いていた。
「…フフフ、証明の不要の証明か。面白い。」
蛇は、嫌らしく笑う。
「人間を騙すには、女を狙うことです。男はいけませんね。あれこれ理屈を並べるばかりで、結局はなにもしない。その点、女は素晴らしい。連中は済ました顔をしていても、内心どこかに不安を抱えている。その不安を少し煽るだけで…。おわかりでしょう?」
蛇は、チロチロと舌を出した。
「人間共は、造られた初めのアダムとイヴから、何も変わっておりません。私が勧めてやった知恵の木の実を口にしてから、性の魔力に翻弄されているだけのこと。連中、それを愛などと大層なことの様に言うが、結局は私のもたらした官能の奴隷に過ぎないのですよ。」
クリングゾール王は、満足気に頷く。
「お前を作ったのは、私である。だからお前は、私の為に存在しなければならない。私を満たし、私を喜ばせろ。しかし、私は完全にお前を操ることが出来る。私は私自身と結ばれて、誰も求めない全き者となったのだから。求める心、それが危険なのだ。何かを求める者は、必ず何かを失う。私は、何も失いたくはないと望む。全てが私であり、必要なのだ!」
蛇の姿は、魔法陣に沈んだ。
「仰せのままに…。」