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Black Swan -overload- 19

五人を乗せた船は、港街オクトパス・ガーデンに入港した。

船を降りた五人は、宿を取り荷物を下ろす。
話し合いの結果、ゼクは非番になった。
もう夕方だ…。
夕飯を食べに、街へ出る。
港街オクトパス・ガーデンは巨大な港街だ。
何隻もの商船や旅客船が港に停泊し、大きな市場もある。
勿論、歓楽街もあった。
ゼクは、行きつけの定食屋に向かった。
この街に縁故がある訳ではない。
ゼクはどの街にも、行きつけの定食屋を持っている。
そして、その街に滞在している間はずっとそこに通い、他の店には行かない。
"ふじなみ"。
店名の書かれたのれんを潜る。
「いらっしゃい…。」
ふじなみの女将は、あまり愛想はよくない。
笑顔がないことはないのだが、独特でわかりにくいのだ。
ゼクは入り口の本棚から、マンガ雑誌を取り出すと言った。
「おばちゃん、カツ丼一つね。」
カウンター席に腰を掛ける。
時間が早い為か、まだ客は誰もいない様だ。
この店は、夜は居酒屋も兼ねている。
ゼクはマンガを開き、煙草に火を点けた。
別に、マンガなんて好きじゃない…。
ただ、習慣でいつも開いてるだけなのだ。
どれも似たり寄ったりの内容で、同じ様に展開する。
ゼクは自分の日常には求められない、単調な繰り返しに憧れていたのかも知れない。
「お待ち…。」
煙草を二本吸い終わった頃、カツ丼が出て来た。
お味噌汁をすすってから、カツ丼に手を着ける。
いつもの味…。
それが決まり文句だろう。
だが、ゼクは知っていた。
女将さんに料理を任せると、毎回味が変わる。
レシピが存在せず、その日の気分で作るからだろう。
それは、プロとしては失格なのかも知れないが、ゼクは飽きなくていいと考えていた。
特別な、あえて人に語る様な味ではない。
当たり前の、どこにでもあるカツ丼だ。
だが、ゼクは思っていた。
俺は、カツ丼はここでしか食わねー。
ごはん粒も残さず全て平らげると、勘定を済ませて歓楽街へ繰り出した。
通い慣れた売春宿「薔薇の棘」へと向かう。
店の入り口には、決して上品とは言えないポスターが貼ってあった。
カトラナズの国では、売春宿の経営には国から多額の助成金が下りる。
…だから代わりに、厳しい審査があるのだが…。
その為、利用するのにそれ程高い金額は必要ないし、売春婦の社会的地位は決して低くはない。
考えてみれば、当然ではないだろうか?
もしあなたが、若い男だったとする…。
あなたはまだ、愛する愛し方を知らない。
であるならば、然るべき練習相手が必要ではないか?
彼女達は、いわば愛の作法のプロである…。
そこには磨かれた才能があり、培われるテクニックがある。
であるならば、それに相応しい対価が支払われそれなりの収入を得られるのは論理的に不思議ではない。
価値ある「何か」に対して報酬をもたらすべきではないと考えるのは、不健全であり盗っ人猛々しい無法の徒である。
品性に於いて劣り、倫理に渡れば害であろう。
カトラナズの国では、根拠のない道徳観念には誰も用がないのだ。
実存に基づかない机上の空論には。
その様な何の役立たないただキリストの血が稼ぎ出すその財産"神々の祝福"を食い潰すだけの偽善者達に、絶対者ラルゴは親友にして軍師のカイロンと共に勝利を収めてカトラナズの国は成ったのだから。
「おや、あんたかい…。」
この店を仕切っているミズクだ。
「いつも通りだ。無口な奴を頼む。」
ゼクは、おしゃべりな女性が嫌いだった。
特に、こうしたことの前後には。
することをし、済ませたらさっさと立ち去る。
それがゼクのやり方だったし、店へのマナーだとも考えていた。
「この娘がオススメなんだけど。堕天使ミザールなんだけど…、気立てがいいのよ。料理が趣味の娘で…。」
ミズクは、似顔絵を見せる。
「誰でもいい。早くしてくれ。」
ゼクは、こだわりがなかった。
容姿も、スタイルも。
誰それに似ている、という好みもない。
いつもフラリと立ち寄って、その時いる女性の中から適当に選ぶ。
ハッキリ言えば、誰でもよかった。
…だから良く見なかったのだ、その似顔絵を。
ただ、ペチャクチャとうるさくなければ、である。
ゼクは部屋に入ると、シャワーを浴びて待った。
ベッドに腰掛けて、煙草を吹かして待つ。
ゼクはこの店の常連客だったし、金払いも良かったから、待たされるということはない。
しばらくすると、巻き毛の小柄な女性が入って来た。
「こんばんは…、彩白輝(あやつき)です。326才になります…。」
彼女はぎこちなく、媚びた目付きでゼクを見詰めしなを作る…。
…容姿はトルカに似ていた、だから。
だからローランドに悪いな、と思った…。
ゼクは、いきなりベッドに押し倒すと、服を脱がせた。
下着の上から、臀部を中心に手の平でゆっくりと全身を摩っていく。
肘や膝の裏側は、五本の指を立てて繰り返しその場所をなぞる。
「声は出してもいい…。余計なことは、しゃべるなよ?」
ゼクは着ていたTシャツを脱ぎ、上半身をさらけ出す。
大小様々な傷が、露わになった。
女性の下着を外すと、小柄な体に似合わない豊かな乳房が明らかになる。
乳頭の先端を回しながらあちこちに倒し、親指の指先で軽く撫でる様に擦る様に、細かく動かして刺激した。
女性は、小さく声を上げる。
まずまずだな…。
ゼクは思った。
綺麗な形の締まったヒップである…。
ゼクはバストの大きさや形より、ヒップのラインに多少のこだわりがあった。
まだ、日が浅いんだろう。
股間に指を差し入れ、ゆっくりと時間をかけて愛撫する。
親指を内側に折り、骨を薔薇の蕾に当てて動かした。
やがて拳を震動させて、押し付ける…。
女性は、ブルッと体を震わせる。
隠していた堕天使の額の一本角が、勢い良く飛び出してしまった…。
ゼクは、愛撫を楽しんだ。
好きだったのだ、弄ぶのが。
悦びにむせぶのを見るのが、嬉しかった。
すぐにオルガズムに導くなんて、ナンセンスだと考えている。
だってそうだろ?
何度もではなく、その一回がどれだけ好かったかがスコアなんだから。
男なら…、みんなわかるんじゃねぇか?
自分がそうなんだから!!
 秘部を刺激し、絶頂に達しようとすると、落ち着くのを待って再び盛り上げる。
何度も繰り返した後、陰茎を口に含ませた。
女性にとっては仕事だ…、もう慣れている。
…陰茎を眺める彩白輝の、眼を見詰めたのだ…だから。
しばらく好きにさせておいてから、亀頭の先端(尿道)に舌を這わさせる。
頃合いを見計らってコンドームを着け挿入した。
正常位を取り、ベッドに手を着いた。
自分の腕の内側で、女性の膝の裏を支えて…。
手をベッドに付きながら、深く挿入する。
女性は、狂おしさに身悶えした。
次に騎乗位に切り変えると、堕天使ミザールはアルバトロスの翼を拡げて激しく腰を仰け反る…。
ゼクは、挿入は面白いとは思わなかった。
儀礼的なものだと考えている。
ゆっくりと単調なリズムで挿入するのが、ゼクの癖だった。
売春婦の女性は潤んだ眼でゼクを見詰めて、熱い吐息と共に言葉を吐き出す。
「あは♪…あはぁ、んむぅ。き、気持ちいい…です、とても◯きくて…。だから…だからもっと、…もっとエッピ☆に欲しがらせて…ムチャムチャだから胚を膨らませて下さい。お…お願い、…します我が主・我が君ゼク・ダーントさま!…しもべに…、して。」
「うるせーよ、…余計な事はしゃべんじゃねー。」
時折体位を変えながら、後背位でオルガズムに導くと堕天使ミザールは思わず長い蝮の尻尾をピィーンッと逆立て…、ゼクは腰を動かしている内にやがて射精した。
ゼクは煙草を一本吸うと、金を払ってすぐに店を出た。
ダメだなって、だから…。
…だから何となく後味の悪いまま、手近なパブに入る。
立ち飲みの店だ…。
だから、…名前を「砂鳥のはばたき」という。
カウンターしかなく、中にはバーテンが一人いるだけだ。
「デュベルはあるかい?」
バーテンダーは、黙ってグラスにデュベルを注いで、差し出した。
音楽がかかっていたが、ゼクは詳しくなかったので何かはわからない。
ただ、悲鳴の様に掻き鳴らされる、ヴァイオリンだろうか?弦楽器の音が心地よかった。
煙草を吸いながら、ボンヤリと時間を過ごす。
店の奥に、若い女性客が一人いる…。
ゼクはキレイだと思った。
だが、話しかけたりはしない。
面倒臭かったからだ。
ゼクは売春宿には通っていたが、キスはしなかった。
ゼクは、キスしたことがない。
別に貞操観念ではないだろう。
そうしたいと、思わなかっただけだ。
グラスを重ねている内に、酔いが回ってくる。
古い、幼い日の記憶が蘇ってきた。
ゼクは、カウンターにもたれかかって呟く。
「フィル…。何でもう少し早く、着いてくれなかったんだ…。」
長くなった煙草の灰が、ポロリと地面に落ちた。