読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Black Swan -overload- 22

ハウシンカは、ザハイム研究所の所長室で報告をしていた。

「…結論としては、あの遺跡は人間を別な次元、或いは別な世界に送り込む為の装置の様です。」
ザハイムは自分のデスクのソファ・チェアに、体を沈み込ませた。
細い目の、穏やかな表情の人物だ。
年齢は40代の後半のハズだが、とてもそんな年齢には見えない…。
「そしてその起動には、四つの聖遺物が欠かせない。そういうことね?」
ハウシンカは、静かに聞いた。
「本当に起動する気なんですか…?」
ザハイムは、ピシャリと断言した。
「当然よ。ただ資料として残して置いたって、何にもならないわ。研究って、やっぱり実際的な行為を伴うものだと思うの。」
ハウシンカは、反論できない。
「それは、そうですが…。」
ザハイムは、キビキビと伝えた。
「聖遺物の霊的構造をコピーした、ダミーを作ってあるわ。それをお持ちなさい。起動は出来なくても、準備は出来るハズ。早速、準備に取り掛かってちょうだい。」
ハウシンカは、ありったけの勇気を振るって聞いてみた。
「もし起動したとすれば、その…、誰を転送するんですか?向こうの世界のことは何もわからないですし、それは人体実験になってしまいます…。」
ザハイムは、ハッキリと言った。
「勿論、私が行きます。」
ハウシンカは、驚いて資料を取り落とした。
「そんなこと、させられません!わかりました。それなら、私が…。」
ザハイムは、穏やかに微笑んだ。
「研究員の身を危険にさらす様なことは、私は指示出来ません。その話は、後にしましょう。とにかく、起動の準備をよろしくね。」
ハウシンカは、怖かった。
自分は、触れてはいけない「何か」に触れてしまっている、そんな気がするのだ。
「はい…。」
ザハイムは、優しくハウシンカの肩に手を乗せた。
「私の仮説が正しければ、この転送装置によって神の実在は誰の目にも明らかになるわ…。そうすれば、影の国との戦いにも決着がつく。そう思わない?」
ハウシンカは、わからなかった。
ただ、この人について行こうとは思った。
ハウシンカはザハイム研究所を後にし、トルカとお茶にすることにした。
護衛は、ローランドである。
二人はカフェ「桜の万華鏡」に向かったが、煙草が吸えないからローランドは外で待つことにした。
ハウシンカは、ラベンダーのハーブティを。
トルカは、ミルクティを注文した。
話は弾まない。
二人は、共通点がなかった。
ローランドは店の外で、あくびをしながら煙草を吹かしている。
トルカが、パラパラと「キネマ旬報」めくっていると、ハウシンカはこう切り出した。
「トルカさん、神って信じてる…?」
トルカは何を聞かれているのか、ピンと来なかった。
「神様って、信じるとか信じないとかじゃなくて…。だって、このミルクティを信じるかって聞かれても、ここにあるし…。」
トルカは、首から下げている「太陽を抱く月」を、指で弄んだ。
「でも、見たことはないでしょ?」
ハウシンカは、トルカの目を見ない。
「このお印"太陽を抱く月"は、見えますよ…。そういえば、主任が首から下げている飾りは何の神様の物ですか?」
ハウシンカは、十字架を握りしめた。
「これは、八端十字架。聖三位一体の証…。」
トルカは、ハッとした。
それからハウシンカと視線を合わせ、ゆっくりと語り始めた。
「主任のお父さんは、ガウェイン将軍…。普通、騎士は至聖三者に仕えている。それなのに…、何か訳があるんですか?」
ハウシンカはハーブティを口に含むと、ゆっくりと飲み下した。
「何もないわ。ただ、デザインが気に入っただけ。それに、私はザハイム研究所の研究員だから。」
トルカはうつむいて、やがて意を決して言った。
「邪推だったら、ごめんなさい。お父さんと仲が良くないんですか?」
ハウシンカは、話を逸らそうとした。
「そんなことより、これから忙しくなるわ…。聖遺物のダミーを持ち帰って…。」
トルカは、それを阻む。
「待って、聞いてください!私、もうお父さんいないんです…。」
ハウシンカは、聞きたくないと考えていた。
「私の父はとても優しくて、私がザハイム研究所を目指すことを決めた時も、とっても応援してくれて…。それが急に、去年なんです。病気で…。」
ハウシンカは、こういう話が嫌だった。
人の気持ちも知らずに、いい話を押し付けてくる。
「主任も、早く仲直りした方がいいですよ。何かあってからじゃ、遅いから…。」
ハウシンカの胸を、苦い物がゆっくりと落ちて行った。
「54-46 That's My Number」
Toots & The Maytals