Black Swan -overload- 27

「おーし、待たせたなみんな!安心しろ、もう大丈夫だ!」

ゼクは、大声で叫ぶ。
仮設の聖壇が作られたサモン・ジェネレーターに、ゼクとソクロ、それにヘムの村発掘現場に駐留している聖コノン騎士団からの応援二個小隊が到着した。
これで、ヘムの村駐留の聖コノン騎士団は、一個中隊をサモン・ジェネレーターに派遣し、保有する戦力の半分を投入している。
「や〜っと来たかあ…。遅いぜぇ。俺はもう、疲れた…。」
ローランドはゼクの声を聞くと、ナイフを投げ出して地面に座り込んだ。
「悪かったな…。準備に手間取ったんだ。疲れてる奴らは、一旦退がれよ。俺達は前にでるぞ!」
応援の騎士達は、一斉に鬨の声を挙げる。
その頃、ヘムの村のザハイム研究所発掘現場では…。
「では、起動して下さい…。」
ハウシンカの指示が、係りの者に連絡されて行った。
「よし、一番と三番の出力を上げろ!」
発掘現場の中心には、鋼鉄とも大理石ともつかない物質で出来た、人一人乗れる程の円盤がある。
そこに様々な装置が連結され、プロジェクターに繋がれていた。
連結されている装置のスイッチが次々と入力され、円盤にエネルギーが送られる。
円盤は、低い唸り声の様な音を立てながら輝き始める。
ミミカは、記録係だ。
自分の担当の機器を手早く操作し、プロジェクターの録画を開始する。
円盤の音が高まって行き、研究員達の前に幻影が映し出された。
川沿いの土手の上を歩いて行く青年の映像…。
ハウシンカが繰り返し見るあの夢、ラルゴとロムスの夢だ。
発掘現場にいる人間の中で、転送機に乗ったのはハウシンカ一人であったから、他の研究員達にとっては初めて観る映像である。
研究員達は、驚きの声を挙げていた。
杭を埋め込むラルゴ…。
叫び出すロムス…。
ザハイムの研究員達は、映し出される映像一つ一つの意味を話し合っている。
同時に彼らはその映像に、ある陶酔を感じていた。
神聖な法悦である。
装置や機器でごった返している発掘現場に、あの音…、世界の割れる音が響き渡る。
その場に居合わせた者は、誰もが存在の根幹に響く不安を憶えた。
その時、ロムスが叫んだ。
「…シンカさ…。」
ハウシンカは、すぐに気づく。
夢と違う!
「…ウシンカさん。私は…。」
繰り返される。
映像と音声が分離し始めた。
研究員達も、首を傾げている。
ロムスは、三度叫んだ。
「ハウシンカさん。私はロムス。」
プロジェクターに映っている映像は、奇妙に捻じ曲がって黄金に輝く八端十字架を浮かび上がらせていた。
その周りには、ピンクと紫の雲が掛かっている。
ミミカが録画用のモニターを覗き込むと、そこにはハウシンカの供述通りの、世界が音を立てて崩れていくシーンが映っていた。
ハウシンカは、息を飲んだ。
「…これが、ハリストス!」
ハウシンカの近くの誰かが気付き、声を挙げた。
ロムスの声は、耳から聴こえるんじゃない。
直接、イメージとして届くんだ!
ハウシンカの心に、暖かくも切ない声が響いた。
「ハウシンカさん、あなたは愛を知っていますか?」
研究員達の目が、一斉にハウシンカに注がれる。
ハウシンカは、毅然として対応した。
その場に居合わせた人々は、誰しもがそう語る。
しかし、ハウシンカは内心震え上がっていた。
…尿失禁していた。
「もちろん、知っています。…恋人、いますから。」
ハウシンカは、あらかじめ用意された脚本を読み上げた様に、棒読みでそう口にした。
ロムスは笑った。
何故そうわかるのかは、わからない。
ただ、みんなの心がとても弾んだのは確かだ。
「強がりはお止めなさい…。あなたは、未だ愛を知りません。でも、この間いいことがあった…。そうでしょ?」
ハウシンカは、装置のコントロール・パネルに手を突っ張り、必死に体を支えていた。
「それは、私のプライヴェートです。研究とは、関係ない。」
先ほどと、同じだ。
まるで感情の感じられない、抑揚のない声。
十字架が、神々しく輝く。
「あなたは、自分がしていることを理解出来ていない。ねんねえだもの…。あなたが自らの行いを振り返り、自らの不遜さに震えるには、一度世界を危険に晒す必要があるんでしょうね。そんなラブ・ストーリーも素敵…!私にしてみたらそんなの茶番だけど、少しだけ羨ましい。人間はいいわね。ホントに、少しだけ!」
ハウシンカは、声を震わせた。
「あなたは、どうなんですか?全てを超越している救い主に、愛されることが必要ですか?」
ロムスの輝きは落ち着き、ある甘さを放った。
「ラルゴは、私を愛したわ。抱いたの、私を。彼の熱い情熱が、私を女性にした…。神だから固く閉ざしていた私の心の扉を、…ラルゴはその逞しさで開いてしまった。…私を愛したのは、イイススじゃない。ねえ、あなたに想像出来て?」
映像と音声は、失われる。
ハウシンカは、一瞬でオルガズムに到達していた。
それは正しく、エクスタシーと言える。
そして、トイレに駆け込んで吐いた。