Black Swan -overload- 30

港町ミルムの隣、聖コノン騎士団の駐屯地…。
セトはヘムの村のザハイム研究所発掘現場に、応援部隊を派遣しようとしていた。
砦の門の内側には、騎士達二個小隊が整列している。
「よく聞いてくれ!君達はこれから、ザハイム研究所発掘現場の護衛の任に当たる。ルカーシ達は、既に出発していて防御は手薄だ。君達は、最前線に立つわけではない…。しかし、戦場では何が起こるかわからない!油断せず、気を引き締めて任務を遂行してくれ。」
セトは派遣する騎士達を、激励している。
「狗香炉率いる黒き騎士達は、決して知略に優れている訳ではない…。しかし、彼らはどんな卑怯な手段でも用いるだろう。君達が向かう先に、どんな罠が仕掛けてあるかわからない!…。」
「セト様!大変です…。」
そこに、一人の騎士が駆けつけた。
見れば、伝令の騎士である。
掛けているたすきの色でわかった。
「待ってくれないか?今は、彼らを送り出すところだ…。それが終わったら、ゆっくり話を聞くよ。」
伝令の騎士は荒く息をしながら、セトを止めた。
「それを、待って欲しいのです!今、ガウェイン様から指令が届き…。」
セトは、苛立った。
「君ね…。今は戦闘中なんだ。早々に、応援部隊を送り出さなきゃならないんだよ。」
「これを、お読み下さい!」
騎士は、一通の文書を差し出した。
セトはひったくる様に取り上げて、読み始める。
「まさか…!?」
セトは、わなわなと震えた。
騎士達の方に振り返り、静かに告げる。
「解散だ…。戦力を再編成する。指示があるまで、待機していてくれ。長い時間はかからないだろう…。すまない、中隊長を呼んでくれ。これは…、しかしそんな!」
セトは会議室へと下がった。
その頃展望台の近くでは、中隊長亡き後、副長が指揮を執り、巧妙に小競り合いを繰り返しながら撤退していた。
「副長!奴ら、上手く着いてきますね。」
副長は、ニヤリと笑う。
「ああ、上手くいってる!おい、もう少しスピードを上げろ。追いつかれるぞ!」
もう間もなく展望台に入る。
挟み撃ちの部隊を指揮するのは、ゼクだ。
「おい、ローランド!味方が撤退してくるぞ。
上手く行ったみたいだな…。」
ローランドはボウガンの照準を、念入りに点検している。
「後は、あれが本当に使い物になりゃあいいんだが…。何せ、お仲間で試す訳にもいかねぇし。」
ゼクは深く考えず、あっけらかんと言った。
「まあ、お前の腕を信用してるぜ…。」
カトラナズの騎士達が、潜んでいるゼク達の脇を通り抜けていく。
「先ずは、味方だ…。」
馬が蹄で地面を蹴る音が、響き渡る。
ゼク達は姿勢を低くして、見つからない様にした。
馬の足音が変わった。
重く鈍い音だ…。
恐らく、黒き騎士のそれだろう。
「みんな、もう少し待てよ…。一気に行くからな!」
迎撃部隊を率いるルカーシにも、囮部隊の騎士達が目に入った。
「諸君、敵は近いぞ!気持ちを引き締めてくれ!」
囮部隊は広場の中央を避けて迂回し、ルカーシの部隊の後方に走り去る。
「お役目ご苦労!突撃準備…。もう少し待ってくれ…。あれが仕掛けてあるからな。」
広場の入り口に、黒き騎士達が姿を現す。
先頭は、狗香炉だ。
「フン、待ち伏せか!面白い、ひねり潰してやる!!」
その時狗香炉の足元で爆発が起こり、ものすごい閃光と破裂音が響き渡る。
「落ち着け、どうどう!」
狗香炉は、牡牛を懸命になだめた。
その後も突撃してきた黒き騎士達の足元で、次々と爆発が起こる。
ローランドはボウガンを手に、つぶやいた。
「ようし、成功だ!ソクロの持ってた爆弾に細工をして作った"地雷"…。ざまあねぇな!」
ルカーシは指揮を執り、先頭に立って突撃した。
「突撃だ!敵は混乱している。立ち直る隙を与えるな!」
ゼクも、叫び声を挙げる。
「こっちも突撃だ!皆殺しにするぞ!!」
一方…。
聖コノン騎士団の駐屯地の砦では、再び騎士達が呼び集められていた。
整列した騎士達は、一個中隊。
砦に駐屯している戦力の約半数で、先程よりも大規模である。
セトは、騎士達の前に立った。
「よく聞いて欲しい…。」
整列した騎士達は微動だにせず、物音一つしない。
セトは、重い口を開いた。
「君達の任務は、ザハイム研究所の研究施設の接収である…。防衛ではない。繰り返す。我々はこれより、発掘現場の接収に向かう。もちろん、ぼくが指揮を執る…。みんな覚悟してくれ。」
騎士達は身動きはしなかったが、その心中の動揺はセトにも痛いほどよくわかった。