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Black Swan -overload- 33

「まだまだだぜ、行くぞ!」
ゼクは踏み込んで、斬りつける。
「フン、まだやれるな…。」
狗香炉は、矛の柄で落ち着いて受けた。
ゼクは、連続で斬り込んで行く。
間合いを離されれば、不利になる…。
だがゼクの攻撃がほんのわずか途切れると、すぐに狗香炉の鋭い一撃が飛んでくる。
「やはりまだ、実力不足か。」
狗香炉の強い突きを受け流し損ない、ゼクは転倒した。
狗香炉は、止めを刺さない。
ゼクは、もうどうすればいいのかわからなかった。
その時、気が付いた。
少しずつ二人の周りを、騎士達が取り囲み始めている。
影の国の軍勢の黒き騎士達は、もうほとんど残っていなかった。
狗香炉もそれに気が付き、取り囲んでいるカトラナズの騎士達を大喝した。
「どうした、腰抜けどもめ!掛かってこないのか?」
騎士の一人が、落ち着いて答えた。
「私達は、あなた達の意志を尊重したい。この一騎打ちに決着が着くまでは、私達は手を出さない…。」
ゼクは、立ち上がった。
もう背負っている物は、何もないのだ…。
自分が勝とうがここで殺されようが、仲間達はもう大丈夫だろう。
ゼクは、そんなことを考えていた。
やれるだけ、やってみるか!
「これはまだ、練習中なんだがな…。」
ゼクは刀を鞘に収めると、その場に正座した。
騎士達は、驚いてざわめいた。
狗香炉は、面白いと考えた。
ゼクは目をつぶり、やがて開いた。
ゆっくりと、深く大きく呼吸をしている。
空気が、しいんと静かになった。
緊張感が張り詰める。
叩き潰せる…。
狗香炉は考えていた。
しかし、躊躇もした。
気に押されたのではない。
狗香炉は、どこかゼクに対して親心の様な感情が芽生えてしまっていた。
見守っていたのかも知れない…。
ざわついていた騎士達も、じき静かになる。
空気は張り詰めて行ったが、徐々に朗らかな物に変わっていった。
狗香炉は、ゼクに誘われる気持ちになった。
その時、悟った。
ああ…、わしは死ぬのだな。
まあ、まず悪い死に方でもあるまい。
狗香炉は、そう実感した。
何かに引き込まれる様に、狗香炉は矛を振り下ろしていた。
ゼクはひざ立ちになり、刀を三分の二抜いて受けた。
「いやあ!!」
立ち上がり、気合いと共に上段から狗香炉を斬り伏せる。
狗香炉は左の肩から右のわき腹にかけて深く斬られ、そのまま息絶えた。
騎士達は怪我人の搬送に、走り回っていた。
出発する時、一個中隊いた騎士達は今はもう二個小隊が編成できない。
その中でゼクは、ずっと狗香炉の亡骸を見詰めていた。
誰も、ゼクに声を掛けなかった。
ゼクは、通りかかったローランドを呼ぶ。
「こいつを埋葬したい…。手伝ってくれ。」
ローランドは、何も言わなかった。
展望台の広場のすぐ近くに、大きな杉の木を見つけると、その根元に亡骸を埋める。
埋葬が終わると、ローランドはすぐにゼクから離れ騎士達に合流した。
ゼクは首から下げていた、「太陽を抱く月」をその場に埋める。
立ち去ろうとすると、呼び止める声が聞こえた。
「私は、ロムス…。この地に呼び出されようとしている。あなたは、ゼクさんですね?」
埋葬したその場所から、ピンクと紫の雲が湧き上がり黄金の八端十字架が立った。
「あなたの気持ち…、充分にわかりました。あなたは何も、どんな時も自分の気持ちは口にしない。それを、狗香炉さんは感じ取っていたのでしょう。」
ゼクは立ち去ろうとした。
「待って!私の話を聞いて下さい。あなた達の愛情の証として、私はある奇跡をあなたに贈ります。」
狗香炉の亡骸を埋めた場所が光に包まれ、やがてその場所から一筋の閃光が昇った。
「あなたは、やがて子供を設けるでしょう。その時、生まれてくるのは誇り高い男の子…。」
ゼクは、ロムスが語っている意味に気付いた。
「その子には、ニル、と名前をお付けなさい…。まだ何も持たない、新しい生命。あなたの熱い血潮が、カトラナズに新たな生命をもたらしたのです。」
ゼクは、ロムスを見詰めて言った。
「ありがとう…。」
ロムスは、ほんのり桃色に輝いた。