Black Swan -overload- 39

「あっ、ゼクさん!大丈夫ですか?」

捜索に出ていた騎士は、倒れているゼクを発見した。
「そんな、これはひどい…。一体誰がどうやってこんな!」
騎士は左腕の無いゼクを抱きかかえ、自分の馬に乗せた。
「見つけたか?ハウシンカ様は…。これは!一体どうしたんだ。」
駆け寄ってきたもう一人の騎士も、ゼクの無残な姿を見て声を挙げた。
「隊長…。ハウシンカ様は、わかりません。しかし、ゼクさんは重体です…。一人、人を貸して下さい。私が、ゼクさんを発掘現場に運びます!」
隊長と呼ばれた騎士は、頷いた。
「わかった。急げよ!こっちは、何とかする。ゼメト、お前も一緒に行くんだ!」
二人の騎士は、すぐに出発した。
一方のセトは、指揮を執るのに追われている。
「赤き竜、まさか本当に存在するとは!わかった…。ヴァルキリー達は、もう出発したのだな?」
ヴァルキリーは天馬に乗った女性の騎士で、投げ槍を用い主に竜退治を任務とする。
「はい。マグダレーナ、ヘロディアの娘、ベタニアのマリア、三騎士団とも既に発っております。本日中には、到着するかと。」
伝令の騎士は、淡々と伝えた。
「では、砦に待機している騎士達に伝えてくれ。港町ミルムに住んでいる人々を、オルト島から避難させる様に…。指揮は、ガムルに執らせてくれ。」
伝令の騎士は静かに頷くと、敬礼し退出する。
その頃、赤き竜に乗ったザハイムとハウシンカは、聖コノン騎士団の駐留する砦の上空にあった。
「あれは、聖コノン騎士団の砦…。何をするつもりなの!」
叫ぶハウシンカに、ザハイムはうるさそうに言った。
「ハウシンカ、いい子だから少し黙っていなさい…。私はね、パーティーの支度をしなくちゃならないの。」
赤き竜は少し高度を落とし、聖コノン騎士団の砦の真上に位置した。
「やめて、やめてよ…。」
ザハイムは表情を変えずに、赤き竜に命令を下す。
「さ、赤き竜。お前の力を見せておやり…。騎士なんて、何も出来ない無力な存在なんだって思い知らせてやるのよ。」
砦からは、一斉に騎士達が出て来た。
だが、何もすることは出来ない。
精々何人かが、矢を放つ程度のことだ。
赤き竜は、大きく息を吸い込む。
「グワァー!!」
天も裂けるばかりの咆哮と共に、巨大な炎の柱を噴き出した。
騎士達は砦と共に、無残にも吹き飛ばされてしまう。
セトは、現場で指揮を執るルカーシを呼び止めた。
「ルカーシ、お前はヘムの村の住人達を避難させてくれ!ぼくは、引き続きザハイムの研究員達を避難させる。」
ルカーシは、大きな声で応じた。
「わかりました!早速、ヘムの村に向かいます。第三小隊、集合!ヘムの村に向かう。」
そこに、新たな伝令の騎士が到着した。
騎士は、血相を変えている。
「どうした、何かあったのか!?」
騎士は、息を切らせながら報告した。
「つい先ほど…、赤き竜によって我等の砦が、砦が…。」
セトは気を強く持たせる為に、叱咤した。
「どうした、ハッキリ言え!」
騎士は、力を振り絞る様に報告した。
「赤き竜の一撃で、砦は失われました…。」
セトは、見た目にわかる程動揺した。
しかしその動揺を知らせない様、毅然として振る舞う。
「それで生存者は…?」
騎士の返事には、全く力がなかった。
「いません…。全滅です。」
それから、少し時間が経つ。
既に発掘現場を出発していたミミカ達は、港町ミルムに来ていた。
先程の赤き竜の咆哮と炎の息吹を目の当たりにした住民は動揺し、こぞって船で脱出しようとしている。
騎士達は混乱する住民達を落ちついて避難させる為、走り回っては大声を張り上げていた。
ミミカ達は、先導している騎士に守られながら、一隻の船に乗り込もうとしているところだ。
タラップが降ろされ、乗船の準備が整う。
「さ、乗って下さい…。ちょっと待って、あれはブラック・ドラゴン!」
船の上空に、黒い影が舞っている。
ブラック・ドラゴンには、竜達を統べる影の国の将軍ウリエスが乗っていた。
「やれ、ブラック・ドラゴン!」
ブラック・ドラゴンは、赤き竜に比べると三分の一程度の大きさしかないが、それでも人間に比べれば遥かに巨大だ。
甲高い叫びを挙げると、酸の息を吐き出す。
その一撃を受け、船は真っ二つに裂けて海に沈んだ。
「そんな…。」
ミミカは、力が抜けた。
「まだ、来るぞ!」
誰かが叫ぶ。
緑の鱗をした竜達が次々と降下し、毒の息で港の船を次々と沈めて行く…。
船はこれから人が乗り込もうとする物もあったし、既に満員だった物もある。
「ふん、弱々しい物だな。四頭は俺について来い…。ヴァルキリー達を蹴散らすぞ!残った奴等は、出て行った船を沈めろ。もちろん、入ってくる船もだ!」
竜達は、飛び去っていった。
先導していた騎士は、力なくうなだれているミミカ達を励ます様に言った。
「一度、発掘現場に戻りましょう…。あそこには、大勢の騎士がいますからここよりは安全です。」
誰も、どうしたらいいのかなどわからなかった。
とにかく、いいと思われる「何か」を選ぶより仕方がないのだ。