Black Swan -overload- 41

ハウシンカは、ためらいがちに研究員達へ指示を出している。

ハウシンカの声が途切れる度、ザハイムは視線を送った。
転送機に様々な機器が連結されていく。
人々の祈りの代わりの、代替エネルギーを送り込む仕様になっているのだ。
「三番、四番、準備O.K.です!」
技術者の声が返って来た。
ハウシンカは、ザハイムを振り返る。
「これで、準備完了です。後は、"真理の書"の詠唱を始めるだけ…。」
ザハイムは、ニッコリ微笑んだ。
「私が読むわ…。あなたは、そこにいなさい。」
研究員、技術者、騎士、村人たち、様々な人々に囲まれる中、ザハイムは詠唱を始める。
「言葉が神であるなら、神という言葉は存在しない。初めに言葉があるなら、神という言葉がなければ神は存在しない…。」
ミミカは、記録用のモニターを見詰めていた。
各装置が入力されていき、転送機にエネルギーが送られ始める。
転送が低い唸り声を挙げその音が次第に高まってくると、雲のない晴れた空に突如黒い雲が沸き、転送機に稲妻が落ちた。
人々が思わず閉じた瞳を開くと、そこにはロムスの姿がある…。
黄金の八端十字架に、ピンクと紫の雲がかかった姿だ。
人々の心に、声が響き渡る。
「私は、ロムス・ハリストス…。強引な呼び方…。」
ザハイムは、ハウシンカの手を無理に引いた。
「行くわよ、ハウシンカ。ロムスの向こうへ…。あの十字架の向こうには、聖三位一体の用意していた天国、"永遠"が待っている。そこで、レミロ様と一つになりなさい…。」
ハウシンカは、必死に抵抗する。
「止めて、それだけは絶対に嫌!殺されたって、そんな所には行かないわ!」
ザハイムはハウシンカの急所を突き、気絶させると抱きかかえた。
ロムスの声が響く。
「あなたのやり方は相変わらずね、蛇…。どれだけの人を不幸にすれば、気が済むの?」
ザハイムは、その声を無視した。
ハウシンカを抱えて、ロムスに歩み寄るザハイムを止められる者はいない。
ザハイムは、悠々と人々の前を横切って進んだ。
「待て、クソったれ女!ハウシンカを離せ!」
ゼクの声が響く。
左の肩から包帯を巻かれていて、甲冑すら着けていなかった。
ジーンズにスニーカー履きの姿で、力一杯叫んでいる。
「聞こえないのか、この尻軽!俺は、その手を離せと言ったんだ!!」
ザハイムはゆっくり振り向くと、ゼクに告げた。
「私、あなたのこと嫌いよ。早く死んでちょうだい!」
ザハイムの瞳から、七色の光が溢れ出る。
その時。
ザハイムの眉間に、矢が突き刺さった。
「くそっ、何なの!」
群衆の中から、ボウガンを振っているローランドが見える。
「俺だよ、バーカ!」
ザハイムは、そちらに光線を放とうとした。
しかし…。
「そうはさせませんよ!」
どこからともなく飛び出したソクロが、ザハイムの頭頂部を槌で打った。
「ギャッ!!」
「女性を打つのは気が引けますが、しかしあなたは許せません!」
ソクロは地面に投げ出されたハウシンカを担ぎ上げると、群衆の中に紛れ込む。
「どこへ行った!?殺してやる…。」
次の矢は、ザハイムの心臓を捉えた。
「ゲッ!」
ザハイムはよろめいて、ロムス、黄金の八端十字架に手を着く。
ニヤリと笑った、ザハイムは怒号を挙げた。
「皆殺しにしてやるぞ!赤き竜よ、お前の…。」
不意に、ロムスの向こうから手が伸びた。
その手は、ザハイムの腕を掴む。
温かいぬくもりのある輝きを放つ手のひらが、ザハイムの腕に触れるとジューッと肉の焼ける音がし、ザハイムは倒れて苦しんだ。
「もう、いいだろう…。母さん。」
黄金の八端十字架の向こうからやって来た青年は、赤いチェックのシャツを着ている。
「あれは…、絶対者ラルゴ。」
誰かの呟きだったが、誰しもが納得していた。