Black Swan -overload- 42

赤き竜は、ラルゴの姿を見ると激しく吠えた。

そして、大きく息を吸い込む。
炎の息吹が来る…!
その場にいた人々は、戦慄した。
だが、ラルゴは落ち着いている。
まるで、場違いな人の様だ。
「赤き竜…。そういうのは、もう止めよう。人が傷つくだけじゃないか。」
ラルゴは、右腕を高く掲げた。
その指先で「何か」をつまむと、一気にそれを引き抜く。
スポッ!と気持ちの良い音が響き渡ると、赤き竜の頭は巨大なくまモンの頭に変わった。
「しばらく、そうしているといい…。ミカエルとサタンがやって来るまで。」
ザハイムは、よろめきながら立ち上がる。
「この死に損ない、…だから、くたばるがいい!」
叫んだザハイムの両の瞳から、七色の光線がラルゴに向かって放たれた。
直撃だ。
だが、ラルゴは表情一つ変えない。
「母さん、昔もぼくにそうしたよね?…人を傷つける、邪眼で。その時、ぼくの半身は石の様になってしまった。でも…。」
七色の光線は、全てラルゴのみぞおちに吸い込まれていった。
「ぼくは、克服したんだ。カバラ(口伝律法)は、ぼくの前世"天に引き上げられた"エノクにその起源を持つ…。あなたの名前を旧い記憶の中から見つけ出した、サマエル!」
ラルゴの体があの温かいぬくもりのある輝きに包まれ、その輝きは広がった。
その輝きは誰にとっても心地よく、心が安らぐ物だ。
だがザハイムには、違った作用をもたらす。
「ギャー!!」
全身が焼けただれていくザハイムは、地面に転がり苦しみ続けた。
ふと、ロムスは語った。
「ラルゴ、決心はついたの…?」
ラルゴは、静かに答える。
「もう、終わらせなきゃいけない…。聖書に書かれている時が満ちたんだ。もう、みんなを苦しませる訳には行かない。」
両手を天に掲げたラルゴは、みんなに呼び掛けた。
「これを見て欲しいんだ…。」
天が裂け、大空にビジョンが映し出される。
そのビジョンは例え目にしなくとも、カトラナズの者も影の国の民も、犬や猫、ハエや蚊、草木に至るまで、寝ている者も覚めている者も全ての者が観た。
場面は、土砂降りの雨の中…。
住宅街の中を歩き続けるラルゴ。
空は、深い緑色だ…。
傘も差さずずぶ濡れになっている、ラルゴがいた。
ラルゴは、神聖な口調で物語った。
「あの時、ぼくは罪を犯した…。花を捨ててしまった。その罪は、とても重く感じられる…。
ぼくはね、初恋を失ったんだ。」
道路の脇に立っている杭に近づくと、ラルゴは力任せに引き抜く。
杭を放り出したラルゴは、そこに「何か」を埋めた。
「そのことを、ぼくは母さんに漏らしてしまった。嘲笑ったよね、母さんは…。」
ラルゴは、その場に再び杭を穿つ。
深緑の空を見上げると、きのこ雲を思わせる邪悪な煙が立ち昇っていた。
「ぼくの心は、死んでしまった…。行き場がなかったんだ、どこにも。ぼくは自殺って、こういうことだと思う。…恥ずかしくて、誰にも言えなかった。」
ザハイムに、ゆっくりとラルゴは近づいて行く。
「でも、もう終わりだ…。いい加減にしないと、エゴになってしまう。」
ラルゴは、ザハイムの胸に輝く手のひらを当てた。
ザハイムは喘ぎ苦しみ、やがて意味のわからない叫びを発し始める。
そうしてしばらく経つと、今度は「何か」を吐き出し続けた。
「さよなら、母さん…。」
ザハイムは「何か」を吐き出し続ける内に、無くなってしまう。
…後には、七色に発光する珠が残された。
ラルゴが息をフッと吐くと、七色の光の珠は広がり始め世界を覆っても尚、無限に広がり続けてやがて消えた…。
「エリミタフ」。
それはアートマンと呼ばれた呪い…、無明なる自我の結晶のエネルギーであった。
人々が脳に始まりを求めるのは、これが原因である。
空を見上げたラルゴは、呟いた。
「後、ドラゴンだけは何とかしないとね…。天使も悪魔も、総動員だな。」
ラルゴは、人々の方に振り返って告げる。
「心配しないで欲しい…、ぼくは幸せだから。これで、ぼくの母さんは勝美だ!お待たせ、みんな!ラグナロクも、もう終わり。天国の到来だよ…。ぼくらの気持ちは、誰かの想いで出来ているんだから。」
ゼクも、ローランドも、ソクロも、トルカも、セトも、ルカーシも誰もが皆圧倒されてしまい、声一つ挙げられなかった。
それと同時にホッともした…。
ギリギリの戦いの日々の中で迎える、天国の到来。
もう本当にキツかった…。
それが天国に入る、誰しもの本音である。
カトラナズとは…。
神聖なる"ご苦労さん!!!"の意なのだから。
ヘトヘトなる「自己」に、その言葉は骨身に沁みいる…。
天国のカッコ良さは、この言葉が真剣に本気で思いっ切り言える事に尽きるだろう。