オープニング…
「ジャズる心」 Qypthone
「おーう、従二!!遅くまで、お疲れな!明日も、よろしく頼むよ!!」
時刻は、夜11時。
「佐々木運送」の第二倉庫だ…。
アルバイトの近藤従二(こんどう じゅうじ)はロッカー・ルームに引き上げ、ユニフォームから私服に着替える。
「あー…、今日も疲れたなぁ。」
従二が出勤したのは朝の7時だから、延べ16時間働いていた事になる…。
彼の休日は水曜日と日曜日だけだから、当然労働基準法には違反していた。
それでも今日はまだ早い方で…、休みの前の日などは朝の4時まで働くコトもあった。
…そうするともう終バスが無いので、自宅までの一時間半を歩いて帰るのだ。
熱が出ようが腰が軽くぎっくり腰になろうが、…這ってでも出勤している。
近くのバス停で、終バスを待ちながらタバコを喫う。
タバコの銘柄は、"わかば"…。
従二はいわゆるヘビー・スモーカーで、一日に30本は喫った。
だから安くて沢山喫えるタバコをと、これに落ち着いたのだ…。
隣にOL風の、タイト・スカートの女性が並んだ。
別に催さない…。
疲れてそれどころではなかった。
やがて、バスがやってくる…。
乗り込むと、乗客は一人だけ。
サラリーマン風の男が、座席に腰掛けてノート・パソコンに何事か打ち込んでいる。
真ん中らへんのシートに座った従二は、車内に貼り出された広告に目を走らせる…。
バス特有の煙った様な色合いのライトに照らしだれた安っぽい広告は、何の感興も起こさせなかった。
発進→停車を繰り返すバスに揺られながら、彼は特に何も想い起こさない…。
疲れていてそれどころではなかった。
やがてバスは駅前のターミナルに乗り入れ、停車して扉がプシュゥと開く。
従二はバスから降りると、すぐにタバコに火を点けフラフラ歩き出した。
彼の一人暮らしのアパートは、ここから歩いて20分…。
しかし、そちらの方には足を向けない。
彼には帰る前に、寄るトコロがあったからだ。
従二はタバコが燃え尽きると、すぐに次のタバコに燃え継ぎながら歩き続けた…。
かつては賑わったのであろう商店街の跡を抜けて15分程すると、目的の店の前に着いた。
この店の名前は、ライヴハウス兼洋風居酒屋「Nil burner」…。
従二は、階段を降りて地下にあるお店の扉を開き中に入る。
「ああ…、従二さん!!いらっしゃい!いつもヒイキにしてくれて、ありがとうございます!!」
チケットの代金を払い、店の奥へと進んで行く…。
「Nil burner」の店内では、"PANDAZ"というバンドが演奏していた。
演っている曲目は、「オー!ピラミッド」…。
フューチュアされているシンセサイザーの音色を耳にしながら、彼は注文する為にカウンターの列に並ぶ。
カウンターの中ではアルバイトの店員が、ビールを注いだりカクテルのシェイカーを振っていた。
しばらく待っていると従二の番が来て、注文を告げた。
"バス・ペール・エールの1パイント"…。
従二はいつもこれだった。
彼はバスのペール・エールが並々と注がれた1パイント・ジョッキを手に、店の隅っこの壁際の席を探して腰掛けた。
店の中には、「オー!ピラミッド」のコーラスに差し掛かった歌声が大音量で響いている。
従二は"わかば"に火を点けると、1パイント・ジョッキに口を着けた…。
「ふぅ…。疲れた。」
この時初めて、今日一日のコトが脳裏をよぎった。
人員と時間を明らかに超過した荷量…。
夏という季節柄…、圧倒的に不快な"倉庫"というロケーション。
決して恵まれているワケでない、体躯。
苦しかった…、毎日が。
…特に、朝起きるのがツラい。
従二は朝ごはんにベーコン・エッグを自分で作っていたから、…5時には起きなければならない。
夜帰ってからの食器洗いと、味噌汁とごはんを作るのも大変だったが…。
朝布団から出るのは…、何より憂鬱だった。
…逆に休みである水曜日と日曜日の、朝というよりは昼は至福である。
しかし何故だろう?
今の「佐々木運送」を、辞めようと考えた事は一度も無かった…。
彼はチビリチビリと少しづつ、舐める様にペール・エールを愉しんだ。
何故だと思う?
ここには人生の深奥…、崇高にして絶対の真理が宿っている…。
それは!!!
もったいなかったからだ。
彼はどれだけ長時間働いていようとも、一介のアルバイトに過ぎない…。
だから飲みたいけども音楽が聴きたいけども、お金があんまり無かったのだ!
だからもうホント、意地汚いだろ!!!ってツッコミたくなる程に一口一口を大切にしていた…。
"PANDAZ”は、いつの間にか「となりのしばふ」を演奏している。
熱いソウル・ビートを繰り出しながらクールなエレクトロ・サウンドを響かせるこの曲が、従二は大好きだ。
明日になれば、また同じ様な業務を繰り返す…。
特に大変だったのは、午後イチでやり過ごさなければならない通称"水積み"だ…。
夏という季節柄、ミネラル・ウォーターの出荷が捗っていた。
一日1000ケースは出荷される2ℓ×6本のミネラル・ウォーターを、従二は一人で約三時間かけて出荷用のコンテナに積み上げる。
…それを、エネルゲン 2ℓでやりきるのである。
現場を監督する従二の上司にあたる正社員さんは、…"水積み"の指示がなかなか出せない。
理由は簡単で「暑くてタイヘンだから」…。
それを従二は「俺がやりますよ」と自ら買って出る…、それは何故か?
…いつだったかその正社員さんが夕飯時に、「これでみんな何か飲んでよ」とクシャクシャになった千円札を差し出したコトがある。
それが従二は嬉しかったのだ、…その時の正社員さんの照れたような顔がいつまでもまぶたの裏に焼きついて離れないのだから。
笑い話がある…。
黒いTシャツを着て一日の作業を終えると、潮を吹いて白いTシャツになっているというのだ。
バスのペール・エールも、半分ホド無くなっている。
"PANDAZ"の演奏も、佳境に入って来た…。
ライヴの盛り上がりが最高潮に達する曲、「サンキュー!!次元」だ。
この曲は歌詞こそルパン三世が次元大介の働きに感謝の意を表明する、ワケのわからない内容だったが…。
曲と演奏は本格的なダンス・パンクで、所々に即興も取り入れた前衛的な音楽だ。
従二には、恋人はいなかった…。
忙しくて疲れていて…、そんなヒマなかった。
…エッチ💘ビデオは、OAKSで借りる。
好きだったAV女優は、愛須心亜⛱さん。
彼女がキレイだと思った。
ギル・スコット・ヘロンとだからルー・リードのファンで、ジャミロクワイを「天才」だと考えている。
彼は「佐々木運送」の課長から、正社員にならないか?との誘いを受けていた…。
彼は、「佐々木運送」のみんなが好きだった。
みんなの為に、「何か」したかった…。
でも従二には、作家になりたいという夢があった。
休みの日には、近所の喫茶店にお入り浸り「作品」を書き溜めていた…。
従二は現在、28才。
その「夢」を、まだ…。
いつかの話は、まだわからない。
それでもでも、まだ裏切れなかった…。
テーマ曲…
「頼りない天使」 FISHMANS
おまけ
こんにちは、鈴木雅之です。
基本的にボーナス・トラックの二作品は、技術力の向上を促す為に文章力=演出の練習を狙って創作しました。
この「今宵も、一杯」は、音楽でいうトコロの「ブルース」・フィーリングを特に意図して書いています。
それで主人公を労働者にして、舞台を酒場にしたんです。
テーマとしては…。
実は書いた後でお風呂入っていて気が付いたんですが、以前書いた「アリとキリギリス」と同じなんですねー。
労働者とショー・マンの相互リスペクトによる、共存共栄という…。
"PANDAZ"というバンドが、本気で音楽に取り組んでいるというのが伝われば嬉しいです。
内容について、ちょっと一言…。
…始めて、恋愛が絡まない作品を書きました。
この…、近藤従二くん。
決してモテないワケではございません…。
恋愛しない理由は、…忙し過ぎるからでしょう。
ぼくが期待している読み方は…。
女性の恋人のいない方が…、いつか出会う彼が今こうして過ごしている。
…そんな風に、読んで欲しいんです。
現在という時を、…とにかく夢中に生きている。
彼が女性として認識してるのは、エッチ・ビデオの向こうの女優さんだけ…。
…そんな男があなたとの出会う運命にあり、その途上をさすらってるんです!!
だから、…素敵だと想いませんか?
であるにも関わらず(であるコトから)、何とな〜く彼がオートマールスム・ブログの登場人物中最も幸福な男である気がします。
その訳は従二くんの様な生き方こそ、真の"英雄"だからでしょう…。
だからそして彼は"英雄"であるが故に、自らの男らしさを描けない。
だからこそ"詩人"としての、ぼくの生き方があるのだ!!!とアイデンティティを発見した作品でもあります。
"英雄"、"詩人"それに"記者"…。
人間には…。
男には、色々な「男らしさ」があるのですね!!!
いや〜、やはり物語を書いているのは色々な意味で楽しいモノです。
それでは、失礼します👋。