かぐや姫 中編

かぐや姫は、上座へと座り、落ち着いた様子で、話し始めました。

かぐや姫「安倍右大臣様、ご機嫌麗しゅう存じます。遠いところをはるばる、よくいらっしゃいました。」

安倍「ほう、噂に違わぬ、美しさ…。おい、こう伝えろ、決まり切った前置きや、挨拶など必要ないとな。フフフ…、今すぐにでも屋敷に連れて帰り、私自身の手で愛でてやりたい。あの娘の喜ぶ様が、目に浮かぶようだ…。」

お供「安倍様は、堅苦しい挨拶は必要ないと、仰っておられる。すぐにでも、婚礼の儀を、執り行いたいとな。どうだ、喜べ、喜ばぬか!」

しかしかぐや姫は、控えめな態度で、お答えしました。

かぐや姫「お待ちください…。恥ずかしながら、このかぐや。この年になっても未だ、殿方に本気で愛されたという経験を、持ちません。女と生まれたからには、心の奥底から殿方に愛されたいと望むことは、決して不埒とは言えますまい。」

お供「何を抜かすか、このアマ!ならば黙って、安倍様のお屋敷に招かれればよかろう。そうすれば、ヒッヒッヒ…、安倍様が気の済むまで、たぁんと可愛がって、下さるだろうよ!」

安倍「口が過ぎるぞ、控えよ。」

お供「ハッ。申し訳ございませぬ。」

安倍「よかろう、話はわかった。叶えてつかわす。」

お供「安倍様は、お前の下らぬワガママに、お付き合い下さるそうだ。何が望みなのか、言ってみろ。」

かぐや姫は、冷静すぎて冷たく感じられるほど、静かに答えました。

かぐや姫「寛大な御心、恐れ入ります。私の願いというのは、こうでございます。遥か、海を渡った唐の国に、火の中で生きるという、火鼠という獣がいると、耳に致しました。その火鼠の皮で作った衣は、火の中に入れても、決して燃え上がることが無いのだとか…。その様な珍しい品を、私、目にしたことがございません。どうでしょうか、この火鼠の衣という物を、私めに贈ってはいただけないでしょうか?」

安倍「ホッホッホ…。何を願うかと思えば、そんなおとぎ話を。女子の願いというものは、まこと可愛らしいものよ。そのように無理な願いを、男に突きつけ、その困った顔を楽しもうというのであろう?…しかし、ちと相手が、悪かったのう。この私の力を持ってすれば、叶えられないことなど、この世にはないのだ、という事を、この娘に思い知らせてやろう!」

かぐや姫は、安倍右大臣の憎しみのこもった眼差しを、見逃しませんでした。

安倍「では、帰るぞ。」

お供「えっ!?このまま、帰るんですか?」

安倍「そちは、話を聞いておらんかったのか?私は、これから火鼠の衣とやらを求めて、唐に行く。」

お供「まさか、あんな小娘の思い付きを、間に受けるんですか!?」

安倍「当然じゃ。勿論このまま、力づくで連れ帰ることも、出来よう。しかしな、人の上に立つ者は、それではいかんのじゃ。ましてや、女子一人の心も満たせずに、政が行えようか?もはや、一刻の猶予もまかりならん。今日中に、唐の土地に詳しい者と、船の手配をせよ。」

お供「御意にございます!」

安倍右大臣は、お供の者をぞろぞろ引き連れて、帰って行きました。

おじいさん「お前は、とんだバカ者だったよ。あんな事を言って、殺されなかっただけでも、良かった方だ。いいや、かぐやだけじゃない。わしらだって、殺されていたかも知れないんだから…。」

かぐや姫「おじいさん、おばあさん、聞いて下さい。私は、いずれ月に帰らなくては、ならないのです。」

おじいさん「ほら、おばあさん、かぐやは、気が触れてしまったんだよ…。さっきの態度といい、わしはどうもおかしい、と思っていたんだ。」

かぐや姫「私は、天の国を治める天神様の、一人娘なのです。私は月を、天神様、いや、お父様から預かっているのです。お父様は、私が月を治めるにあたって、地上に生きる人々の苦しみを、しっかりと汲み取れるように、私をあなた方夫婦の手に、委ねられたのです。だから私は、地上の者とは結ばれる事は、できないのです。」

おじいさん「そうかい、そうかい。よくわかったよ。もういいから、お休み。よく寝れば、お前の頭がおかしくなったのも、治るのかも知れないんだから。」

安倍右大臣は、その後唐の地で、流行病にかかり、死んでしまいました。

そして、それからもかぐや姫の元には、位の高い方がや、大変なお金持ちが次々と、結婚を申し込みに来ましたが、かぐや姫はその度に無理難題を吹っかけ、それが元で皆、死んでしまったり、重い病にかかってしまったり、したのです。

そんな訳で、やがてかぐや姫の元を、訪れる人はいなくなりました。

そんなある日、一人の線の細い若者が、かぐや姫の住む屋敷に、訪れました。

名無し「ごめんください。」

おじいさん。「おお…、この屋敷に客人とは、珍しい。聞いておりましょう。この屋敷を訪れる者は、皆気の触れた姫の呪いによって、死んでしまう、という噂を。しかし、それは真実なのです。あなたも、早く立ち去ったほうがいい。災いが、あなたの身に、降りかからぬうちに。」

名無し「私が用があるのは、その件の姫なのです。通して、もらえませんでしょうか?」

おじいさん「ええ、わしは構わんが…。ところで、あなた名前は、なんと言うんですかな?」

名無し「私には、名乗るほどの名前は、ありません。呼び名がなくて、不都合だという事であれば、名無しとでもお呼びください。」

名無しは、奥の間に通され、やがてかぐや姫が入ってまいりました。

かぐや姫は、噂とは裏腹に、その美しさは益々、輝かんばかりでした。

かぐや姫「私に、一体何の御用でしょうか…?私は、忙しい身ではありませんが、出来れば人に会うのは、避けたいのです。用があるのなら、手短にお願い致します。」

名無し「では、申しましょう。私は、あなたに結婚の申し込みに、来たのです。もちろん恐ろしい噂は、散々聞かされましたがね。まあ、私には、身分も、財産も何も、ありません、私の持ち物と言えば、この笛だけ。友と呼べるのも、この笛だけなのです。」

かぐや姫「その笛で、何をなさるおつもりなんでしょうか?」

名無し「もちろん、吹くのです。あなたは、私の笛の音を、ただ聴いてくれれば、よろしい。」

かぐや姫「わかりました。では、聴かせていただきましょう…。その、笛の音とやらを。」

名無しは立ち上がり、笛を吹き始めました。

それは、緑の草原に、春の風が吹き抜けるような、そんな爽やかな音色でした。

かぐや姫「あなたは私に、結婚を申し込みに、来たのでしたね…。わかりました。あなたにも、このかぐやから、お願いを申し上げます…。えっと…。」

かぐや姫は口籠り、それから勢いよく言いました。

かぐや姫「じゃあ、そこのローソンで、プレミアム・ロールケーキを、買ってきて下さい!それが私の、大好物なんです。お願いします!」

名無し「喜んで。」

こうして、二人は結ばれ、夫婦となったのです。