真夏の夜の夢 6

ある晩伝次郎は、いつもと同じ様に、娘を部屋に呼び、こう切り出しました。

伝次郎「今まで、ありがとうな。でも物語りは、もういいだ。お前さんの頭の中には、まるで図書館が、丸ごと入ってるみてぇに、次から次へと、物語りが続くだな。余程頭が、いいんだな。」

しかし、娘はそれには返事をせず、うつむいておりました。

伝次郎「どうか、お前さん。今度は、お前さん自身の事を、語ってくれろ。おらが、今聞きたいのは、お前さんの身の上話だべ。」

娘は、目を伏せたまま、答えました。

娘「恐れながら、申し上げます。私めは、皆様知っての通り、ルシファー様の娘にございます。ルシファー様の、精によって生まれ、皆様を悦ばせる、その為だけに、育てられたのです。私めに、身の上などという大それたものは、持ち合わせはございません。」

しかし、伝次郎はこだわりました。

伝次郎「うんにゃ、そんなはずはねぇ。おらの目は、そんな簡単には、ごまかせねぇだ。お前さんが、マスクで隠している、その二つの目は、まるで大海原の様に、悲しみに満ちているだ。そんな高貴な人間が、あんな見かけばかり立派な、ルシファーなんぞから、生まれてくるはずねぇだよ。」

娘は、悲しげに笑って、こう言いました。

娘「ホホホ…。あなた様は、気立てのお優しいお方。それを語る事は、固く禁じられて、おりますの…。しかし、あなた様とこうして、物語りしておりますと、不思議と私めの胸も、熱くなって参ります。では、語りましょう、私の過去を…。私めは、名をアリス、と申します。」

アリスは、語り出しました。

アリスは、遥か西方の国の、高貴なる姫であり、巫女でした。

今より、遥かな昔その国で、死の病が流行った時、アリスもその病に罹りました。

しかし、アリスは死を恐れるあまり、故郷と両親を捨て、病を治す方法を求めて、旅に出たのです。

そして、このルシファーの館に辿り着き、ルシファーの精を受け入れ、その娘となったのです。

アリス「以上が、私の過去でございます。愚かな娘だと、お笑いでしょう?」

伝次郎「うんにゃ、そんな事はねぇだよ。誰だって、死ぬのは恐ろしいもんだべ。それを愚かだと笑うのなら、どんな英雄も英傑も、物笑いの種だんべ…。」

アリスは、伝次郎を見上げて、こう言いました。

アリス「伝次郎様…、あなたは本当に、優しいお方。先程、お笑い申した事、謝らせてください。あなたの、その優しさこそが、私達をこの館から、解き放ってくれるのかも、知れません…。」

伝次郎は、打ち消すように、言いました。

伝次郎「おらは、そんな大層な者じゃねぇだ。おらだって、死ぬのが怖くて、この館に逃げ込んだような、ものだて…。」

アリス「その仰りよう、何て謙虚なお方なんでしょう…。私、今夜はこれで失礼したいと、存じます。私も、私がこれまで辿ってきた道を、知ってくださるお方が、一人でもいると思うと、何とも心強い思いです。では伝次郎様、明日の夜、またお会いいたしましょう。私めの知恵の許す範囲で、あなた様の望むことに、何でもお答え致します。」

伝次郎「うん、頼むだよ。」

しかし伝次郎は、ある決意を固めていました。