遥かなる旅 9

二人が、迷いの森目指して歩いていると、通りに面した雑貨屋から、一人の男が、転がり出て来ました。
雑貨屋「出て行け、気狂いの手下め!お前に売るものなんて、ありゃあしないんだ。」
出てきた男は、せむしで醜い顔を、していました。
せむし「勘弁するズラ!おいらは、イザヤ様に贈る差し入れを、買いに来ただけズラよ〜!」
せむしの男は、雑貨屋の主人に、棒で強く打たれ、気絶してしまいました。
雑貨屋「ふん、清々する…。」
雑貨屋の主人は、行ってしまいました。
アベルは、せむしの男を憐れに思って、駆け寄り、助け起こしました。
アベル「大丈夫か…?しっかりするんだ。」
アベルが、肩を掴んで強く揺さぶると、男は、意識を取り戻しました。
せむし「ん、ああ…?あんた、誰ズラ。おいらに関わると、碌な事に、ならねえズラよ…。」
アベルは、この醜いせむしの男に、何か親近感の様なものを、感じていました。
アベル「そんな事は、気にしなくていい。それより、怪我はないか?」
男も、何となくアベルの気持ちを、感じ取った様でした。
せむし「うん、大丈夫ズラ。ありがとうズラ。でも、そんな事より…、あ、あなたはエリヤ様!」
エリヤは、髭を捻くりながら、答えました。
エリヤ「久し振りじゃな、オラワン。」
アベルは、驚いて二人の顔を、見比べました。
アベル「二人は、知り合い…?どういう事なんだ。」

二人は、オラワンに案内され、迷いの森に、踏み込みました。
オラワンは、迷いの森の案内を、かってでたのです。
迷いの森は、鬱蒼と茂る木々に阻まれて、太陽の光がほとんど射さない、薄暗く、気味の悪い森でした。
そしてどの道も、ぐにゃぐにゃと曲がりくねっていて、その上しょっちゅう、二つにも三つにも、道が分かれているのでした。
アベルは不安に思い、オラワンに声をかけました。
アベル「オラワン、本当にこの道で、イザヤ様の所に、出るのかい?」
オラワンは、曲がった背中で胸を張って、答えました。
オラワン「おいらに、任せるズラ。おいらの鼻は、どんな臭いも嗅ぎ分ける…。ほらほら、こっちの方から、イザヤ様の臭いがするズラよ。」
アベルは考えながら、言いました。
アベル「しかし、人々が噂している気の触れた魔法使いというのが、あの有名な預言者イザヤ様だとは…。エリヤ様。エリヤ様の言う通り、噂なんて、当てにならないものですね。」
エリヤは、特に何も表情に浮かべず、話しました。
エリヤ「ふむ、まあそうじゃ…。ところで、オラワン。天国では、香水の調合をしていたお前さんが、今や、日雇いで土木の仕事をしているとは、本当なのか?」
オラワンは、明るい調子で、言いました。
オラワン「そうズラ…。おいら、見た目がこんなだから、地上じゃ誰も、雇ってくれないズラよ。でも日雇いも、悪くないズラ。気の良い奴らが集まってくるから、楽しく気楽に、やってるズラ…。」
エリヤは、何とも言えない表情で、言いました。
エリヤ「それでは、イザヤと共に天国を捨て、地上に下ったことを、後悔はしておらんのじゃな…。」
オラワンは、カラッとした調子で、言いました。
オラワン「そりゃあ、そうズラ。おいらにとって天国ってのは、イザヤ様のいる所ズラからな〜!」
アベルは、悲痛な面持ちで、言いました。
アベル「しかしエリヤ様…。何だか、可哀想じゃありませんか?そんなに、よく効く鼻を、持っているのに。それは、才能ですよ?それなのに、やりたくもない仕事で、安くこき使われて…。」
エリヤは、何か言おうとしましたが、オラワンが大きな声を、出しました。
オラワン「着いたズラよ!イザヤ様、お客さんズラよ〜。」