遥かなる旅 21

エリヤは、再び尋ねました。
エリヤ「では、人間とは何なのか?人間自身が持っているもの、それは何か。教えてくれ、アリウォル・ドゥガ!」
アリウォルは、答えました。
アリウォル「それは、私…。私とは心であり、意思である。」
エリヤは、疲れを感じていました。
しかしまさに今、星が語った意思の力で、事を前進させていたのです。
エリヤ「人間には、意思しかない…。それは本当か?」
アリウォルは、答えました。
アリウォル「その、意思の力が、この調和され、統一された世界に、亀裂をもたらすのだ。我ら星々も、古き大地も、何の意思も持たず、あるがままの姿を保っている。人間だけが、人間の欲望と虚無に染まった心が、世界を滅ぼす。もし、天にいる父に、一つだけ失敗があるとすれば、それは人間などという、自らをコントロールできない、世界のなんたるかを知らない、破綻した存在を造り出した事だ。それは、全て私という、自我に端を発する。私というのは、邪悪で陰惨なのだ。エリヤよ。もし、汝が崇高なる叡智を求めるならば、私というものを捨てよ。ただ、あるがままの姿で、いる事だ。何も成さず、何も為さずに、世界が回っている事を、そのままにせよ。浅知恵で、手を加えてはならん。人間には、この世界を支配する、そんな力はない。世界の片隅でひっそりと、日々の食に感謝し、ワインに喜び、そのように生きていけ。何もするな。世界に、汚れた手で触れるな。それが、我らのもたらす叡智である…。」
エリヤの意思は、アリウォルによって挫かれました。
エリヤは、がっくりと膝をつき、その場に倒れこみました。
アベル「エリヤ様!」
アベルは、エリヤを抱き起こし、呼び掛けました。
アベル「エリヤ様、しっかりしてください!エリヤ様!」
アリウォルは、告げました。
アリウォル「この者は、自らの自我を、捨てられなかった。矮小なる自己を、守ったのだ…。それゆえ、苦しむ。人間よ、悲しむ事はない。それは我らの、役目なのだから。」
アベルは、エリヤを地面に横たえ、星々に向かって、立ち上がりました。
アベル「アリウォル・ドゥガ!今度は、私が問おう。そんな、矮小な人間にとって、幸福とはなんだ?答えてみよ!」
アリウォルは、答えました。
アリオゥル「なんという、貧しい問いであろう。それは、欲望が満たされることだ。また、虚無を快楽で、紛らわす事だ。」
アベルは、叫びました。
アベル「そうだ、そうだよ!ぼくは、本当はカルナを抱きたい…。でも、我慢してるだけだ。では、アリウォルよ!ぼくは、カルナを抱けば、それで幸せになれるのか?」
アリウォルは、答えました。
アリウォル「それは、正しい選択だ。君は既に、立派な性器をもっている。行為するのに、充分だろう。それならば結ばれて、子供を設けるがよい。それは、人間にとって、最も幸福な事の、一つだ…。」
アベルは、気を吐きました。
アベル「バカ言ってんじゃないよ!相手の気持ちも、確かめないで。もし、カルナがぼくを受け入れてくれたって、そんな事、軽々しくしちゃいけないんだ!何でだか、わかるか?」
アリウォルは、答えました。
アリウォル「確かに、そうした事について、戒律を設けている尊い教えは、数多くある…。しかし大切な事は、当人同士の気持ちである。お互いがお互いを、思っているのならば、それは結ばれるのがよい。」
アベルは、続けました。
アベル「そうだよ!でも、違うだろ?愛してるから、傷つけたくないんだ!大切に思ってるから、その時が来るまで、ぼくは待ってるんだ。それが、分からないのか?」
アリウォルは、答えました。
アリウォル「それは、もちろんその通りである。それは、大切なことだ。だから、そうしなさい。君は、間違っていない。」
アベルの怒りは、頂点に達しました。
アベル「わからないやつだなあ!本当にバカなのかい?ぼくは、彼女を抱きたい。だから一人で、彼女を思って、自慰したりしてるんだ。でも、抱かない。大人になるまで、待ってる。そ・れ・が、分からないのか〜!」
アリウォルは、答えました。
アリウォル「少年よ、私には君のいうことが、わからない…。一体、どういう事なんだ?教えてくれ、頼む。」
アベルは、言いたい事を言ったので、スッキリしました。
アベル「だからさ、愛って、欲望と一緒くたになってるんだよ、人間にとって。傷付けてしまう時だってあるし、嫌な態度を取っちゃうことも、ある。いつも、笑顔って訳にはいかないんだ…。生活もあるしね。でも、一緒にいたい。一日が終わった時、彼女の顔を見たいって、心から思うんだ。だから、分かるかなあ?」
アリウォルは、答えました。
アリウォル「それは、人間の真実についての、新たな命題である。我らは、その事について、話し合いの場を持とうと思う。どうやら、君の言っている事は、一人では分からんようだ。我ら星々が、お互いに関係を持つのは、この世界が造られて以来、初めての事だ…。君には是非、この話し合いの結果を伝えたい。待っていてくれ。」

二人は、山を下りました。
下りていく、道すがらの事です。
エリヤ「アベル…、やはりお前さんに助けられたな。」
アベルは、顔を真っ赤にしました。
アベル「いや、その…。勢いで、下らない事を言ってしまって。本当に恥ずかしいです。ぼくはもう、あのアリウォル・ドゥガには会いたくないなあ。」
エリヤは、からりと笑いました。
エリヤ「いや、お前さんは、やはり器の大きな男じゃよ。どこへ出しても、恥ずかしくないわい…。」
アベルは、下を向きました。
アベル「何をバカな事を、言ってるんです!ぼくって、本当にダメな奴なんだって、嫌になる程、思い知りました。みっともなくて、情けない…。」
エリヤは、前を向いたままでした。
エリヤ「いや、それがお前さんの、一番いいところじゃよ…。お前さんは、本当に素直じゃ。自分自身の醜さも、汚さも、全て受け入れて、前を向いとる。それならば、人の心を汲み取っていくことも、充分出来るじゃろう…。やれやれ、わしもやっと、引退出来そうじゃのう。」
アベルは、ぼんやりとしていて、聞き逃しそうになりました。
アベル「えっ?何です。今なんて、言いました?」
エリヤは、笑って言いました。
エリヤ「ふふん、ただの老いぼれの、独り言じゃよ…。」