すばらしい日々(Grunge Spirits) 4

ゼロムはある日、押入れを整頓していた。

要るのか要らないのか、わからない物がゴチャゴチャと出て来て…。
人の持ち物なのだし、とやかく言う事ではないのだが、余りにも酷いよなとは考えた。
その中に、皮のケースに包まれた、一本のギターがあった。
ネックには、Tokai「Silver Star」とある。
スマホで検索してみると、シールドケーブルとアンプさえあれば、演奏は出来る様だ…。
ゼロムは、ギターをケースに詰めると、家を後にした。
ギターを背負い、オレンジのTOMOSにエンジンをかける。
 
「Someday my prince will come」 Wynton Kelly
 
駅まで原付を走らせて、電車に乗った。
飯山線である。
長野駅まで続いている。
ハードオフという中古屋で、何かと安く手に入るらしい。
この辺では、長野駅の近くにしかないのだ。
電車の窓から覗く景色は、山並みが美しかったが、未だ現実の物では無いような気もする。
そう、この現実という「何か」が、ゼロムにとって本当に現実になる時が、ゆっくりと歩みを進めているのだ。
ゼロムの胸は、自然と高鳴った。
長野駅に降り立ったゼロムは、スマホを頼りにハードオフへと向かった。
お店の入り口をくぐり、店員さんにギターを手渡す。
「初心者でよくわからんないんですが…、使えそうですか?」
店員さんはにこやかに笑い、こう告げた。
「見てみますね、店内でお待ち下さい。」
ゼロムは、シールドとアンプを物色した。
シールドは、レジの脇に並んでいる安い物でいいだろう…。
検索した結果によれば、消耗品らしいし中古品は並んでいない。
アンプはどうしようか?
店の中を周っていると、小さな冷蔵庫程もある巨大なアンプが目に付いた。
…そう、彼が今までLive映像で観ていた、憧れのスター達がステージに重ねて積み上げているヤツだ。
ゼロムは、ウットリと陶酔しながら、遠くから眺めたり近くに寄ってさすってみたりした…。
しかしまあ、自分に必要なのはこうした物ではない。
練習用の、小さいので充分だ。
「それでも、結構するなあ…。」
彼の目に、「ジャンク品」と書かれた棚のあるアンプが、目に留まった。
…Guyatoneと表記してある。
値段も千円で、これなら何とかなりそうだ。
幸い弦交換だけで、ギターは使い物になる様だ。
彼は、ピックを買い忘れている事に気が付く。
「こういうのは、何でもいいんだよな。」
ゼロムは、角の丸まっている黄緑色のピックを、一つ摘んでレジに運んだ。
 
帰りの飯山線の中で、彼は戦利品を眺めた。
勿論、どれもこれも安物である。
しかし、ゼロムにとっては、高貴にして光り輝く宝の山だ。
彼はスマホで、エフェクターについて調べていた。
「チューブ・スクリーマーかあ…。」
車窓から眺める景色は、行きと同じである。
でも、確かに何かが違っていた。
彼は、その違いを言葉にはしたくないと思った。
ゼロムは、予感した。
あの問い、いつも聞こえていたあの不幸な問い。
あの結び目は、解けるかもしれない。
彼は、希望を抱いていた。
 
ゼロムは家に着くと、早速スコアを検索し、練習を始めた。
まだ、音楽とは呼べない代物だが、彼はワクワクした。
歌は、歌えた。
いつも口ずさんでいた、あの曲…。
気だけが逸り、着いていかない指。
一つ一つの音符が何を意味するのか、読み取れもしない。
スマホで再生しても、スコアは何も語りかけてはくれない…。
ゼロムは、居間にあぐらをかいて、ず〜っとギターをいじった。
何時間いじり続けても、何も変わらない。
気が付くと、もう夜の9:00じゃないか?
ゼロムは風呂を沸かし、湯に浸かりながらあの曲を口ずさむ。
何度そうしても、いつもあの曲との間に、距離を感じていた。
しかし、今それは違う事を、彼は知っている。
そう…、彼は出会ったのだ、ギターを手にした時。
あの、憧れの曲に!