すばらしい日々(Grunge Spirits) 9

別荘でノンビリしているゼロムの元に、三人の女性が現れた。
いや、正確に言えば四人である。
一人はまだ幼く、お母さんの手にぶら下がっていた。
残りの三人の女性は、自治会のご意見番だ。
三者三様に気が強く、滅多な事では意見を曲げない。
年の若い女性が、口を開いた。
「あんた、ギター弾いてるんだって?」
ゼロムが何か思うより早く、子連れの女性が口を挟んだ。
「ごめんなさいね、この娘こういう言い方しか出来ないの。」
ゼロムは、はにかんだ笑顔を返した。
子連れの女性は続けた。
「別に咎めたりとか、止めて欲しいっていう訳じゃないの。でも、小さな村でしょう?」
若い女性は、割って入った。
「あんたがさ、ギター弾いてるって、村中で噂になってるのよ!」
ゼロムは、困った。
「もしかすると、音が大きくて迷惑してるとか?」
子連れの女性。
「だから、そういう事じゃないのよ。何をしてたって、構わない。みんなもう、あなたの事は知ってるんだし。」
若い女性。
「だから、ギター弾くのかって、聞いてるの!」
ゼロムは、事態を打開する為に、整理する事にした。
「え〜っと、先ずギターは弾いてます。少し前に、押し入れで見つけて…。まだ、弾けるって程じゃあないですけど。」
ぶら下がっていた女の子が、キャーッと大きな声を上げた。
「ほら、レイコ!静かにしなさい。」
「じゃあ、まだ弾けないの?それじゃあ、話にならないじゃない!」
「キャー、ギターギター!カッコいい!」
彼は、ぼんやりと考えていた。
もしかしたら自分は、女性が苦手なのかも知れない…。
その時、後ろに控えていた風格のある女性が、事態を収拾した。
「話は、単純なのよ。今度、この藤沢村で夏祭りがあるのは、知ってるでしょ?」
ゼロムは、急に順序立ったはなしが始まり、驚いた。
「ええ、知ってます。そこの、自治会館前の広場でやるんですよね…。」
女性は、風格を漂わせながら、チャキチャキ話を進めた。
「そう、その事について、みんなで話し合ってるんだけど…。」
ゼロムは、安心した。
やっと、話が軌道に乗ったからだ。
風格ある女性は言った。
「ギターの弾き語りなんて、どう?」
「えっ!?」
これは、寝耳に水である。
そんな事は、考えた事もなかった。
「せっかく、今年はあなたがいるんだし、どうせなら出てもらった方が、祭は盛り上がる…。何より、ギターの弾き語りなんて、お祭りにピッタリ!そう、思わない?」
勿論、彼には自信なんてなかった。
だが、彼は何かを考える前に、不思議な事に返事をしていた。
「わかりました、やりますよ。」
女性達は、喝采した。
「だから、私が言った通りだったでしょー!」
「彼に打診しようって言ったのは、私じゃない!」
「夏祭り、夏祭り、ウワーイ!」
風格ある女性が、締めた。
「じゃあ、宜しくね。来週の土曜日、夜の7:30からだから。今週の土曜日に打ち合わせするから、夕方5時に顔を出して。」
ゼロムは、気持ちの引き締まる思いがした。
やるしかないのだ…、もう。

ゼロムは、その日以来散歩を止めてしまった。
日中も夜間も、ずっと家に閉じこもった。
何曲か演って欲しいという話だったが、それは無理だ。
一曲だけ、という形でお願いした。
自分に、そんな実力はない事を知っている。
恥をかくかも知れないという、不安もある。
でも、彼は何かをやり遂げたかった。
自分が始めた何かを。
自分が愛する何かを、形にして残したかった。
そうでなければ、またあの日々が続くのだ
…。
ゼロムは、勇気を奮って東京に帰りたかった。
長野の藤沢村での日々を、生きた何かにしたかった。
Guyatoneのアンプは、よく鳴った。
Silver Starは、響き渡った。
ゼロムは、良い馬に出会った、騎士の様な気持ちだった。

ゼロムは、駅前のスーパーに買い物に行った。
時間が惜しかったので、TOMOSを出した。
レジに品物を持って行くと、店員さんは若い女性。
話をすると、地元の女子高生らしい。
「…スゴイですね、バンドですか?」
彼女は、夏祭りの話を知っていた。
…少し、話が大きくなっているらしい。
彼は恥ずかしくて、いなくなりたかった。
「一曲だけ…、一曲で終わりです。」
彼女は、少しだけ意地悪な気持ちと共に、応援してくれた。
「楽しみにしてます。がんばって下さいね!」
TOMOSのエンジンを、心地良く吹かす。
夕暮れの涼しい風を、気持ち良く切り裂いて走った。