すばらしい日々(Grunge Spirits) 11

ファロムは、ゼロムに連れられて野沢温泉村に、遊びに来ていた。

ゼロムはなんの計画も立てなかったから、到着した時はもうお昼になっていた。
「腹減ったよな〜。」
「当たり前でしょ!」
ファロムが突っ込めるのは…、ゼロムだけだ。
「どこで、食べよう?」
「何でもいいよ。」
二人は野沢温泉村を、端から端まで歩いた。
ゼロムはここに来るのは初めてだったし、ファロムはいつも母任せだったから、何もわからない。
ゼロムは歩き慣れていたから、何も感じなかったが、ファロムは途中でくたびれて、目についたお店を提案した。
「ああ、いいよ。…よさそうじゃん?」
古い和風の建物で、大きな造りだった。
中に入ると普通の定食屋で、ファロムはほっとした。
お客さんは、何組か入っている。
みんな浴衣姿で、観光客だろう。
ゼロムはお店の看板メニューの豚丼
ファロムは、チャーハンを頼んだ。
ファロムは、チャーハンが大好きだった。
これだけは自分で作れたし、ラーメン屋さんではいつもチャーハンだ。
(まあまあ…かな?)
と、腹の中で考えた。
ゼロムは、大喜びで平らげている。
「ごちそうさま。」
「あれ、ゼロム漬け物食べないの?」
見ると、ゼロムは付け合わせのぬか漬けを残している。
「…あんま、好きじゃないから。」
ファロムは「子供だなー。」と思い、頼んでもらった。
一口かじると…。
「美味しい…!」
「いや、そんな事ないだろ…。ただのお新香じゃん?」
ファロムは、訂正した。
「これは、ぬか漬け!美味しいから、食べてみなよ。」
ゼロムは尚も嫌がったが、ファロムははしで口に運んだ。
「あ…、ホントだ。美味いなあ!」
「でしょ?多分、ここの自家製なんじゃないかな。」
ゼロムは、ぬか漬けが美味しいのにも勿論驚いていたが、ファロムが積極的なのに驚いていた。
それは、彼にとって恥ずかしい事である。
 
二人は、野沢温泉村に幾つもある公衆浴場を、はしごして周った。
二人は、温泉が大好きだった。
二人とも肩まで浸かったり、足湯したり、上がって体の熱が下がるのを待ったりして、何度も入る。
公衆浴場のお湯は、どのお湯も少しずつ泉質が違う。
二人は入る度、温泉の浸かり心地について、評価し合った。
結論としては、どれも最高!という事に落ち着いた。
楽しい時間は、すぐに過ぎてしまう。
日は傾き、最後のバスの時間が近づいて来た。
ゼロムは、湯当たりして真っ赤になった顔で言った。
「母さんにさ、何か買ってくよ…。」
ファロムも、顔色は同じである。
「そこのお店で、いいんじゃない?」
二人は、バス停の近くの土産物屋に入った。
ゴチャゴチャと、色々な物が売られている。
ファロムはファロムで、家族に何か選んでいるらしい。
ゼロムは、先に会計を済ませ、バス停で待っていた…。
 
ゼロムは言った。
温泉まんじゅうは、いらないだろー?」
ファロムは、憤慨した。
「いいもん、あたし好きだし!そういうゼロムは、何買ったの?」
野沢菜漬けだけど…。」
山の彼方から、西陽が二人の顔を照らしている。
火照ったファロムの顔は…、ゼロムにはたまらなく愛おしく思えた。
「これ、やるよ。」
ゼロムは、包みを手渡した。
「何、これー?」
ファロムは、包みをガサゴソ開ける。
「えっ、今開けるの!?」
包みの中からは、ZとFがぶら下がったキーホルダーが出て来た。
ファロムは息が詰まった…、呼吸が出来ない。
不意に、ゼロムは口にした。
「好きなんだ、ファロム。だからさ、君のことが…。」
ゼロムの声も、震えている。
ファロムは、キーホルダーを弄んでいた。
丸い瞳は、さらに大きく見開かれている。
ファロムは、にっこりと笑って言った。
「だからさ…だからね、ポカリより?」
ゼロムも吹き出した。
「当たり前だろ!!」
ファロムは、ゼロムの手をそっと取った。
ゼロムは、その手を強く握りしめた。