ファロムは、ゼロムに連れられて野沢温泉村に、遊びに来ていた。
ゼロムはなんの計画も立てなかったから、到着した時はもうお昼になっていた。
「腹減ったよな〜。」
「当たり前でしょ!」
ファロムが突っ込めるのは…、ゼロムだけだ。
「どこで、食べよう?」
「何でもいいよ。」
二人は野沢温泉村を、端から端まで歩いた。
ゼロムはここに来るのは初めてだったし、ファロムはいつも母任せだったから、何もわからない。
ゼロムは歩き慣れていたから、何も感じなかったが、ファロムは途中でくたびれて、目についたお店を提案した。
「ああ、いいよ。…よさそうじゃん?」
古い和風の建物で、大きな造りだった。
中に入ると普通の定食屋で、ファロムはほっとした。
お客さんは、何組か入っている。
みんな浴衣姿で、観光客だろう。
ゼロムはお店の看板メニューの豚丼。
ファロムは、チャーハンを頼んだ。
ファロムは、チャーハンが大好きだった。
これだけは自分で作れたし、ラーメン屋さんではいつもチャーハンだ。
(まあまあ…かな?)
と、腹の中で考えた。
ゼロムは、大喜びで平らげている。
「ごちそうさま。」
「あれ、ゼロム漬け物食べないの?」
見ると、ゼロムは付け合わせのぬか漬けを残している。
「…あんま、好きじゃないから。」
ファロムは「子供だなー。」と思い、頼んでもらった。
一口かじると…。
「美味しい…!」
「いや、そんな事ないだろ…。ただのお新香じゃん?」
ファロムは、訂正した。
「これは、ぬか漬け!美味しいから、食べてみなよ。」
ゼロムは尚も嫌がったが、ファロムははしで口に運んだ。
「あ…、ホントだ。美味いなあ!」
「でしょ?多分、ここの自家製なんじゃないかな。」
ゼロムは、ぬか漬けが美味しいのにも勿論驚いていたが、ファロムが積極的なのに驚いていた。
それは、彼にとって恥ずかしい事である。
二人は、野沢温泉村に幾つもある公衆浴場を、はしごして周った。
二人は、温泉が大好きだった。
二人とも肩まで浸かったり、足湯したり、上がって体の熱が下がるのを待ったりして、何度も入る。
公衆浴場のお湯は、どのお湯も少しずつ泉質が違う。
二人は入る度、温泉の浸かり心地について、評価し合った。
結論としては、どれも最高!という事に落ち着いた。
楽しい時間は、すぐに過ぎてしまう。
日は傾き、最後のバスの時間が近づいて来た。
ゼロムは、湯当たりして真っ赤になった顔で言った。
「母さんにさ、何か買ってくよ…。」
ファロムも、顔色は同じである。
「そこのお店で、いいんじゃない?」
二人は、バス停の近くの土産物屋に入った。
ゴチャゴチャと、色々な物が売られている。
ファロムはファロムで、家族に何か選んでいるらしい。
ゼロムは、先に会計を済ませ、バス停で待っていた…。
ゼロムは言った。
「温泉まんじゅうは、いらないだろー?」
ファロムは、憤慨した。
「いいもん、あたし好きだし!そういうゼロムは、何買ったの?」
「野沢菜漬けだけど…。」
山の彼方から、西陽が二人の顔を照らしている。
火照ったファロムの顔は…、ゼロムにはたまらなく愛おしく思えた。
「これ、やるよ。」
ゼロムは、包みを手渡した。
「何、これー?」
ファロムは、包みをガサゴソ開ける。
「えっ、今開けるの!?」
包みの中からは、ZとFがぶら下がったキーホルダーが出て来た。
ファロムは息が詰まった…、呼吸が出来ない。
不意に、ゼロムは口にした。
「好きなんだ、ファロム。だからさ、君のことが…。」
ゼロムの声も、震えている。
ファロムは、キーホルダーを弄んでいた。
丸い瞳は、さらに大きく見開かれている。
ファロムは、にっこりと笑って言った。
「だからさ…だからね、ポカリより?」
ゼロムも吹き出した。
「当たり前だろ!!」
ファロムは、ゼロムの手をそっと取った。
ゼロムは、その手を強く握りしめた。