Black Swan -overload- 3

ブラック・スワンは、旅の途上である。

駅馬車に揺られながら、ヘムの村を目指していた。
他に乗客はいない、乗っているのは三人だけだ。
カトラナズの首都シュレクから、辺境の地にあるヘムの村までは、先ず駅馬車を乗り継いで港街オクトパス・ガーデンまで三日。
そこから船に乗り、洋上を約五日。
そこで、小さな名前も無い港に降ろしてもらい、そこから徒歩で二日かかるのだ。
俺はそんな、キレイなお姉さんのいない田舎には行きたくないぜ、とローランドは反対した。
「で、ローランド。ザハイム研究所について、わかったことを聞かせてくれ。」
ゼクは、不意に切り出した。
この不意なタイミングについて、ローランドは面白く思っていなかった。
「俺もな、あれから盗賊仲間に色々と当たって、探ってはみたが…。」
ローランドは、わざと結論を焦らした。
彼の思惑通り、ゼクは少しイライラしている。
「どうなんだよ、何か出たか?」
ローランドは手のひらを天に向け、大げさに首を振った。
「ないね!な〜んも出やしない。ハッキリ言って疑ってかかるのがバカらしいほど、マトモなトコロだよ!」
ソクロは、我が意を得たりと乗り出した。
「そうでしょう、そうでしょう!ザハイム研究所に裏なんてありません。キチンとした権威に裏付けられた研究機関なのです。」
ローランドは懐から手帳を取り出して、自前のメモを確認している。
「過去にも何度か、似た様な依頼を冒険者に出してはいる。だけどな、条件はやはり俺たちと似たり寄ったりだぜ?任務中に事故が起きて、死者が出たり怪我人が出たケースも少数存在するがね、調べてみてもこりゃあ不可抗力って奴だ。仕方のないケースだけだ。それにな…。」
「それに…?」
ゼクは、静かに促した。
ローランドは、これ以上話すのは嫌だった。
何をどんな風にレポートをしたとしても、ゼクが意見を変えることはない。
そして、ゼクの勘は当たるとは言えなくとも、必ず何かの手掛かりにはなって来たのだ。
「ザハイム研究所はな、金銭トラブルを冒険者との間に起こしたことがないんだ。信じられるか?そのぐらい、金払いがいいらしい。俺の調べたことはそれだけだ、以上!」
ゼクは、顎に手を当てて考え込む。
「そうか…、怪しいトコは見当たらないか。」
ソクロはハンカチを取り出して、汗を拭きながらボヤいた。
「その金払いの良さが、正統教会で問題になってるんですよね…。あまりに金がかかり過ぎるって。」
ゼクは、鋭くソクロを見つめた。
「何か、知ってるのか?」
ローランドは、素っ頓狂な声を上げて付け足した。
「そういやあ、ザハイム研究所のメイン・スポンサーは正統教会らしいな…。忘れてたぜ。」
ソクロはうつむいて、済まなそうに切り出した。
「実は、そうなんです…。いやね、隠していた訳じゃないんですが、ゼクさんのあまりの剣幕で言い出せなくて。」
ゼクは馬車の窓を開けて、そこに頬杖を突きながら問いかけた。
「何でもいい、ソクロ。知ってることについて教えてくれ。」
ソクロは、再び汗を拭った。
「私が知っているのは、特別なことではありません。全て公になっていることで、私達にとっては当たり前のことなんですが…。」
「俺は、そんなことはどうでもいい…。悪いが、少し寝かせてもらう。」
ローランドは、椅子の上ににゴロリと横になってしまう。
「いいよ、何でもいいんだ。俺も、宗教については疎いからさ。」
「そうですね、では…。ザハイム研究所は、聖三位一体と旧い聖遺物について、研究している機関なのです。聖三位一体は旧い世界の旧い秩序を形造っていた、文字通り三人で一つの神です。」
ゼクは、質問した。
「今の神とは違うのか?」
ソクロは、少し調子が出てきた様だ。
「今は神と言えば、二つの十戒を護る崇高至善様と、世界中の神々を統治している三人の神様、至聖三者です。聖三位一体も依然存在してはいますが、独立して存在しながらも人間達の中に混ざりあっているのですよ。」
ゼクはわからないことは、徹底的に質問をする。
「聖遺物ってのは、何だ?」
ソクロは頷き、得意げに語った。
「聖遺物というのは、神様の力、功徳を受け取る器です。今は七つありますが、聖三位一体の時代には、聖杯、聖櫃、聖なる槍の三つしかありませんでした。そして、天国で生まれた「神々の顕在」と呼ばれる青年が、その三つの聖遺物の力を用いて、世界を、神々を、聖遺物を造り上げ新たな世界をも造り上げたのです!」
ゼクの記憶にも、うっすらと残っている。
「ああ、ラルゴとか言ったかな…?」
ソクロは、大分興奮してしまっていた。
「そうです!英雄の中の英雄ラルゴ!私の最も尊敬する人です。話が逸れましたね…。ザハイム研究所は、その造り直される前の聖遺物の調査・発掘を行っていて、聖三位一体と共に旧い世界がどうあったのか?を研究している機関なのですが…、参考になりますか?」
ゼクは、影のある微笑みを浮かべていた。
「ああ、ありがとう…。つまりは、何てことのない考古学研究所という訳か。」
ソクロは、照れながら続けた。
「そうなんです。しかし正統教会でも、問題にはなってるんですよね。成果に関しては、誰も文句は言えません。しかし、お金がね…、あまりに膨らんでいるのです。それが…。」
ゼクは、窓の外を眺めている。
「金か…。」
何を見つめているのか、それがソクロにはわからなかった。