Black Swan -overload- 15

ブラック・スワンとハウシンカとミミカの五人は、船に乗っている。

大陸と大陸を結ぶ商船で、客室もあった。
ゼクは甲板で、風に当たっていた。
…海はいい。
ゼクが物思いに耽っていると、甲板にローランドの声が響き渡る。
「ゼク、俺と勝負しろ!」
訳がわからないゼクは、事情を聞いた。
「何だよ、一体…。俺が何かしたか?」
ローランドは、既に身構えている。
「俺の愛するミミカちゃんは言った。私は、強い人が好きなんです…。あなたみたいな、チャラチャラした人はちょっと。」
ゼクには、事情が飲み込めない。
「それが俺との勝負に、どう結びつくんだ?」
ローランドは、納得している様だ。
「だから、俺はお前を倒す!そして最強の男として、ミミカちゃんを愛するのだ…。」
聞いても理解できなかったゼクは、それでも質問してみる。
「いや、俺を倒しても最強じゃねーし、それにお前には無理だろ?弱ぇーからな。」
ローランドは、ゼクには飛びかかった。
「問答無用、覚悟しろ!!」
ゼクは素早く構えると、ジャブを出した。
ローランドはビクッとして、ガードしようとする。
ゼクのジャブは、牽制だ。
すぐに左のフックが飛んで来て、ローランドのアゴを捉える。
悲しいかな…、ローランドはそのまま伸びてしまった。
甲板上に並んで、二人は海を眺めていた。
「痛ぇな、もう。お前、本気でやったろ?」
ゼクは、涼し気に笑った。
「本気だったら、アゴの骨を砕いてる。…小手のココを使うんだ。」
ローランドはゾッとすると共に、自信を無くした。
「ミミカちゃんが、盗賊なんて嫌だって言うんだよ…。いつも背後から襲いかかって、卑怯だって。」
ゼクは、再び笑う。
「そりゃあそうだけど、それは作戦だから仕方ないだろう。全員で正面から攻めて、どうするんだよ?それに、盗賊には盗賊の役割がある。掛かってる鍵を外したり、仕掛けてある罠を解除したり…。」
ローランドは、溜息を吐いた。
「あ〜あ、忍者でも目指そうかな…。忍者だったら、戦いにももっと参加するし。」
ゼクは、首を捻った。
「忍者なんて、必要ねー。ブラック・スワンにはこれ以上の戦闘力は、要らねーよ。それだったら魔導士が時々仕掛ける、魔法の鍵を外せる様になってもらいてーな。」
ローランドは、突然奮い立った。
「いや、俺は忍者を目指す!盗賊から、上位の位階の忍者になるんだ。ゼクお前さ、刀使ってるだろ?」
ゼクは、止めても無駄だと諦めた。
「あ…ああ、使ってるけど。」
ローランドは何かを期待する様な目つきで、ゼクを見た。
「それに、体術もいけるじゃないか!なあ、頼むよ。俺に、その技術を伝授してくれよ…。」
ゼクは一応、抵抗を試みた。
「お前さん、ミミカは諦めろよ…。お前には、気がねーんだって。お前モテるんだし、よりによってあんな地味な田舎娘、追いかけなくてもいーじゃねーか。」
ローランドは、拳を振り上げて宣言した。
「いや、俺の心はミミカちゃんだけの物だぜ!他の女は、全て捨てる…。俺は、俺の愛の全てを彼女に捧げるんだ!!」
ゼクには、ローランドは少し気が狂ったのかと思った。
ゼクとローランドは、甲板の上で向かい合って立つ。
「先ずは、キックの構えだ。こう…。」
ゼクは、構えを作る。
ローランドも、見真似で構える。
「そう、形はいいな…。お前は左構えだから、右の拳でテンプルをガードして、そう。」
ローランドは、脇のしまったいい構えを作った。
次にゼクは、ジャブとストレートを放つ。
いわゆる、ワンツーだ。
ローランドも、真似する。
「お前、スジいいな!そう、そう…。軸足は捻って内側に、パンチは腰で撃つんだからな。」
ローランドは、すぐに鋭いワンツーを出せる様になった。
「よし、ワンツーはそんなモンだ。…しばらくシャドーやってろよ。基本は、シャドーだからな。」
ローランドは、空気を切り裂く様なワンツーを繰り出している。
ゼクは、座り込んで一服した。
その一服が終わるか、終わらないかの頃にローランドはゼクに言った。
「よし、キックはもういい…。レスリングをやろう。」
見ればローランドは、激しく息切れしている。
ゼクは、呆れた。
「お前、どんだけ体力ないんだよ…。」
ローランドは、息を切らしながら言う。
「いや…、俺は…物覚えはいいんだ…。ただ…体力が…なくて…。」
ゼクは、すぐに諦めた。
レスリングなら、ソクロから習えよ。あいつの方が全然うまい。」
ソクロは、ローランドに構え方を教えた。
「そうです…そう。腰をしっかり落として。足は肩幅ぐらいで、ちょうどいいんです。」
ローランドは低く構え、ピクリとも動かなかった。
「あっ、レスリングは半身にはならないんです。利き足を少しだけ、前に出して正面から…。いいですね、じゃあタックルをやってみましょうか!」
ソクロは、ローランドにタックルに入る。
大きな体が、稲妻の様に動いた。
「こうです…、で相手は逃げようとしますから、掴んだ足を中心に回り込んで…。」
ローランドもやってみる。
ソクロの体は、コンクリートの壁の様に微動だにしない。
それでも、ローランドのタックルを褒めた。
「いや、ローランドさん。本当に初めてなんですか?信じられない…。」
何度か反復練習してみて、ソクロはローランドの上達の早さに目を見張る。
「じゃあ、そのまま打ち込みをやってみましょうか?取り敢えず、十回。回り込むところまでで、一回にしましょう。」
ローランドは素早くソクロの片足を掴み、持ち上げて回り込む。
それを数回繰り返すと、ローランドはそのまま前に突っ伏して倒れた。
「どうしたんですか…、ローランドさん、ローランドさん!」
ローランドはうっすらと微笑みながら、爽やかにこう言った。
「すまん、ソクロ。俺はもう、限界なんだ…。」
ソクロは、度肝を抜かれた。
「えっ!限界って、まだ七回じゃないですか?そんな人間って…。」
ローランドは立ち上がったが、膝が笑っている。
そのまま客室に引っ込んだ切り、一日部屋から出て来なかった。