Black Swan -overload- 35

時間を少し戻そう。
ヘムの村で聖コノン騎士団とブラック・スワンが、狗香炉率いる影の国の軍勢と激突する少し前だ。
時刻は夕方。
仕事が終わる時刻。
カトラナズの首都シュメクの通りも、家路を急ぐ人や買い物に出かける主婦が大勢いた。
そんな頃、ザハイムはザハイム研究所本部の所長室でハウシンカからの報告を受け取っていた。
「転送機の起動準備は、完了しました。後は、本物の聖遺物をセットするだけです。起動する為のキーになるのは、私が完成させた"真理の書"。その全容を把握しているのは、私だけです…。後日、私が正式に報告に伺います。」
ザハイムは、騒がしさを感じ取っている。
何人かの足音が、扉の向こうに聞こえた。
「…どうやら、間に合ったみたいね。」
ザハイムが報告書を閉じると、扉がいきなり開き数人の騎士が室内に入って来る。
騎士の一人が言った。
「ザハイムだな…。ガウェイン将軍の命により、お前を逮捕する!」
ザハイムは、ため息を吐いた。
「まったくノックもしないで、女性の部屋に入ってくるなんてどういうつもり?それで、私の罪状は…。何!?」
別な騎士が答えた。
「国家への反逆だ…。自分のやっていることが、わからないのか?」
ザハイムは席を立った。
「私達は、聖三位一体のあるべき姿を模索しているのよ?確かに、今は聖三位一体は神とは呼べないかも知れない…。でも彼らの力は必要よ。その利用方法を研究することの、どこが反逆なの?」
騎士達は、黙ってしまった。
しかし、やがてその内の一人が口を開く。
「諸君、我々の任務は宗教問題ではない!ザハイム、何を言ったとしてもお前はその研究成果を、影の国に持ち込んでいるではないか?」
ザハイムは、チラリと舌を出した。
「あら、それがいけないかしら?カトラナズの国の人って、意外とケチなのね…。いいじゃない。罪は赦されるっていうんだし、仲良くやりましょう。」
ザハイムは脚を組んで、机に腰掛けた。
騎士は叫んだ。
「貴様、カトラナズの者ではないな!」
ザハイムは、媚びるようにウインクする。
「やっとわかってくれたのね…。遅い、遅すぎるわ。」
隊長らしい騎士が、告げた。
「ザハイムさん、私達に従って下さい。あなたが何者であっても、私達は手荒なことはしたくない…。」
ザハイムは、投げキッスする。
「紳士ね。好きよ、そういう人。でもね…。」
ザハイムが空中に指で模様を描くと、その足元にサモン・ジェネレーターが輝きだした。
騎士達は、動揺した。
「何だ!どうするつもりだ!!」
ザハイムは、舌なめずりする。
「私はそんなつもりないけどね!」
ザハイムの足元の魔方陣から、角が飛び出した。
やがて、巨大な赤い頭が現れる。
「赤き竜よ…、伝説の。」
ザハイムは、赤き竜の頭に仁王立ちに立った。
赤き竜の巨大な体は、天井も壁も突き破り空に飛び立つ。
「ほんと、おバカさんよね…。ザハイム研究所の支部が、赤き竜を喚び出す魔法陣の一部になってたっていうのに、だ〜れも気が付かないんだから。」
上空からザハイム研究所本部を見下ろすと、相当な数の騎士達が見えた。
その周りには、通りかかっただけの普通の人々も大勢いる。
人々の恐怖の叫びが、空に満ちた。
そして騎士達は弓をつがえると、矢を放つ。
「もう、うるさいわね…。赤き竜よ!ちょっとだけ、サービスしてあげなさい!」
赤き竜は、上空からものすごい勢いの炎の息を吐き出す。
ザハイム研究所本部を含む一帯は、一瞬で灰燼に帰した。