Black Swan -overload- 43

ゼクは上手くバランスの取れない足取りで、ヨタヨタとセトに近づいた。

「どう言ったらいいのか、よくわからないんだが…。」
セトは、ゼクの顔をじっと見る。
「悪気はないんだ…。ただ、行き掛かり上こういうことになっちまって。」
セトは、朗らかに笑った。
「意気地を出せよ、ゼクくん!ハウシンカのこと、愛してるんだろう?」
ゼクは、頭を下げた。
「だからすまない…、セト。」
セトは、バシンとゼクの肩を叩く。
ゼクは少しよろめいた。
「何、つまらないことを謝ってくれるな…。もう子供じゃないんだし、ぼくだって男だよ?そんなことで謝られても、困るさ。」
そこに、目を覚ましたハウシンカが歩いて来る。
「ほら、ご覧?おかんむりだよ…。」
セトは、ゼクを横目で見た。
「あいつは、メンドくせーからな…。」
ゼクもヒソヒソと返した。
セトは、ハウシンカの方に向き直る。
「ハウシンカ、すまなかった。エマのこと、君に黙っていて…。」
ハウシンカは、セトを思い切り平手で張り倒した。
「この最低男!!」
ゼクは、ニヤニヤしている。
「ほらな…、これだよ。」
セトは、歯を食いしばって耐えた。
「効くなあ…、初めてだよ。こんなの。」
ハウシンカは腕を組んで、セトに告げる。
「これで勘弁してあげるわ。二股なんて、絶対許さないんだから!」
セトは、改めて詫びる。
「本当にすまなかったと思う。ぼくがいけなかったんだ。ゼクくん、ハウシンカのこと頼んだよ。」
ゼクは、言いにくそうに切り出した。
「そういや、セト…。報酬の件なんだが。」
セトは、そっぽを向きながら言う。
「ガウェイン将軍に払ってもらえば、いいんじゃないか?」
ハウシンカは、激昂した。
「セト!!いい加減に…!」
セトは、少しおどけて見せた。
「冗談だよ…。聖コノン騎士団から、支払わせてもらうよ。安心してくれ。」
ゼクは、再び頭を下げた。
「すまねぇ…。まさかローランドとソクロを手ぶらで返す訳には、いかないからな。」
話を聞きつけたローランドは、不満そうに舌打ちする。
「チッ!アイツと来たら…。おいおい、俺達だってここまで来たらもう報酬なんて…!ソクロも言ってやれ!!」
同意の口を開きかけたソクロに、ゼクは二人の方へ向き直ると全力で怒鳴りつけた。
「…バカ野郎!!!黙って受け取れ…、それが仕事なんだ!」
セトは、心配そうに語りかける。
「…人の心配も結構だが、君はどうするんだ?失われた左腕は、もう戻っては来ない…。」
その時だ、ハウシンカはラルゴに向かって声を上げる。
「ラルゴさん…!あの…、研究者としてどうてしても聞きたくて。転送機は一体何の為に、何の意味があって造られたんですか?」
ラルゴは、ゼクやハウシンカ達にゆっくりと歩み寄った。
「ああ…、あれか。あれは、多分君達だったら、じきに答えを見つけ出したと思うんだけど…。あれは邪神レミロの妄想の結晶、"エリミタフ"を、聖三位一体のフル・パワーでカトラナズの国の外に排出する為の装置だったんだ。ぼくのアイディアだったんだけど…、まさかあそこから影の国なんてモノが出来てしまうなんてね。ぼくにしても計算外だったよ。」
ゼクもこの際だからと、気になっていた事柄を質問としてラルゴにぶつける。
「ザハイムが…、蛇だったっけ?が俺達ブラック・スワンを選んだ理由は何だったんだ?」
ラルゴは、プッと笑って微笑んだ。
「レミロのご指名だったんだよゼク君、君をね…。彼女はハウシンカさんの肉体と魂を奪えば、君がいつまでも彼女の"薔薇の蕾"を味わい続けるだろうと妄想していた。そして君の心はやがてレミロに蕩けて、君の全てが彼女のモノになってしまうとね。だからどういう根拠があるのかは、わからない。ともかく彼女は、彼女の想う最高の男である君と、淫行に耽り続けて官能の頂点を極め全ての者を見下して君臨するって考えにこだわっていたみたいだよ?」
ハウシンカは、ラルゴの話を聞いて腕を組んでゼクに言い放った。
「あら、良かったじゃない?ゼク、あなたちょっとスケベだからその方がシアワセだったんじゃないの?」
ゼクは憮然としている。
「冗談じゃねー。俺にだって、選ぶ権利はあるんだぜ…。誰でもいいなんて、無理に決まってる!」
ラルゴの声が、誰しもの心に響く。
「それでゼク君。君の左腕なんだが…。」
不思議な響きの、よく通る声だ。
「ぼくに考えがある…。ぼくだって、まさかゼクくんに何も報いない訳にはいかない…。」
ラルゴは天を指した。
すると、変な声がする。
「は〜い、みなさ〜ん。歌って弾けて盛り上げちゃう!カトラナズのスーパー・ヒロイン、電気ビリビリのアシュタロトちゃんどぇ〜っす!!恥ずかしい思いをさせるコは、ズビビビーム💥でおっ仕置っきですわよ〜ん!!!」
緊張の解けない彼らは、誰も事態を飲み込めなかった。
「誘惑の悪魔アシュタロトだ…。彼女から、再生の奇跡を授かってくれ。それじゃ、ぼくは失礼するよ。さようなら…。」
ラルゴはロムスを潜り、黄金の八端十字架も掻き消えた。
アシュタロトは、栗色の髪をポニーテールにまとめている。
幼い少女の姿で、細長い目に明るく朗らかな姐御肌の表情に愛嬌があった。
白いワンピース姿にコウモリの羽を生やしていて、ワンピースの裾から蛇の尾が垂れ下がっている。
アシュタロトは、ゼク達の前にゆっくりと着地するなりしゃべり始めた。
「アタシ、ラルゴの愛人なの!つまり、二号さんってワケ。囲われちゃってるの〜!」
ゼク達は、何を言っていいのかわからない。
「彼ったら、アタシにメロッメロだから…。アタシが駆け寄ると、いつも抱き上げていい子いい子してくれるのよ!これって、大人の恋愛関係よね〜?」
ハウシンカは、ゼクにボソッと言った。
「この子、何なの…?」
アシュタロトは、懐からおしゃぶりを取り出す。
「じゃ〜ん、叡智のおしゃぶり〜!!」
セトは、真面目に聞いている様だ。
「それが、君のお気に入りなのかな?」
アシュタロトは、もう一つ懐から取り出したマーカーを振り回しながら説明する。
「このおしゃぶりをしゃぶると、あら不思議!アタシの霊に刻まれた再生の奇跡が、このペンによって"真理の書"にあっ!という間に書き込まれるのですっ!」
ローランドが、近づいて来て言った。
「そりゃ、いいやな。さっさとやってやれよ。」
ミミカも、ローランドの後ろからやって来る。
「そうですよ。私からもお願いします。」
アシュタロトは、頭をブルブル振った。
「ブー!いけません。だってアタシは悪魔ですよ?悪魔と取り引きするのに、タダって訳には参りませんわ!」
ゼクは、段々焦れてきた。
「どうしろって言うんだよ…?魂でも、寄越せって言うのか。」
アシュタロトは、モジモジする。
「あのぅ、アタシの頭をなでなでして下さい…。それで気持ちよかったら、書いてあげます!」
ハウシンカは、声を上げた。
「よかったじゃない!そんな簡単なことなら、早くしてあげなさいよ。」
ミミカも、同意見だ。
「ほんと、よかったですね。その程度で…。」
ゼクは、嫌だった。
しかし、左腕には変えられない。
よろよろとアシュタロトに近づくと、残っている右腕で頭を撫でた。
「ピキー!あんたさん、いい男ですねぇ。あらあら、いい気持ちだわ。いいでしょ…。書いてあげます。」
アシュタロトはおしゃぶりをくわえ、マーカーを振り回す。
「ブゥ…、ブゥ…、ブゥ…、ほい完了です!"真理の書"を開くと、びっくりクリスマス!新たな叡智がそこに書き込まれているでしょう…。後は、転送機と聖遺物があれば〜。ほいじゃ!」
アシュタロトはバブー!と一声上げると、空に帰って行った。