オープニング…
「Summer smile」 Ronny Jordan
坂内璃瑠香(さかうち りるか)は、25才である。
タワー・レコードのバイトだ…。
「えっ?久美さん、いや猿田店長…。私がやるんですか?いらっしゃいませ…。ああ?はい、はい。え〜っと3,888円になります。はい、ありがとうございました…。」
いつか正社員に…、といった漠然とした希望は持っていたが別に未来に「何か」を託していたワケじゃぁない。
どうせ毎日が同じ事の繰り返しであり、人生なんて退屈なモノだ…。
あるバイトの休みの日、スマホがメールを着信した。
「うっさいなぁ…。いい気分で寝てんのにさ!何なんだよ、一体もう…。」
それでも何のかんのと言いながらも、一応はチェックする。
メールの主は古い友人の門仲亜由夢(かどなか あゆむ)だ。
今日…、これからどこかに出掛けよう。といった内容である。
「どこかって、どこなのさ!?いっつもそう!!どこかどこかって、何にも決めないで…!!」
今回もいつも通り。
漠然とした提案をするだけして、内容と言える内容は特にない。
それでも、O.K.と返事はして着替えを始める。
The Strokesの黒いバンドTに、色の濃くもなく薄くもないスキニーのジーンズ…。
それに赤・白・青のトリコロールのシャツを、腰に巻いて。
愛車の空色のミニ・クーパーのエンジンをかけ、発車する。
「ゴメンね…、いつも急で。でも、本当に良かった。スケジュールが合ってさ!!」
亜由夢は、黒の薄手のレザー・JKを羽織っている。
青と白のギンガム・フレアスカートに、マーク・バイ・マークジェイコブスのパステル・ピンクのモティーフのパール・ピアス。
助手席に座る亜由夢は、何の歌かわからない鼻歌を歌っていた…。
車内には、璃瑠香のかけるBob Marleyの「Soul Revolution」のカセット・テープが流れている。
A面が終わると、亜由夢は言った。
「これ、かけていい…?最近のお気に入り!!マイ・ブームなの!」
Blurの「Parklife」のCDだ。
珍しい事もあるモノだ…、と璃瑠香は面食らう。
亜由夢は音楽にはあまり興味がない。
好きなコト、キョーミあるコトと言えばガーデニングにそれに料理…。
「どーしたの、このアルバム?よく知ってたね。ケッコー、通じゃない?私もキライじゃない!」
「ウン?ダンナの影響よ…。ウチのダンナ、洋楽好きだから。」
亜由夢は既婚者だ。
大学時代の同級生と結婚した。
年齢は相手の方が、一コ上。
亜由夢のダンナとの面識は、璃瑠香にはなく…。
子供ももう設けている。
男の子で…。
亜由夢は「Parklife」をバックに、ダンナや子供の話をしていた。
決して愚痴という程重くはないが、誰にでもある生活の苦労話だ。
「どこに向かってる?まぁ私は…、特にどこでもいいんだケド。」
「どうしよう?行くトコないなぁ…。いっか?浅草で!」
浅草寺から離れた所にあるコイン・パーキングに車を停めて、二人は歩き出した。
勿論、料金は割り勘…。
言うまでもない事だ。
二人は空いたお腹を抱えて、すぐに天丼で有名な「まさる」さんに向かう。
少し並んで待ってから通される店内は落ち着いていて、外の人でごった返した喧騒とは無縁であった。
「璃瑠香はさ…。恋人は作らないの?」
「いらないよ!!いらない、いらない!!ウッサいメンドくさいだけじゃんか?」
天丼のえび天は大振りな上に、プリッとした歯応えで上々の味わいである。
「何て言うのかな?女性ってさ…、何のかんの言っても愛されて初めてシアワセなんじゃないかなぁ?って思ったりするのよ。」
「つまり、F××kでしょ…?だからさ、そんなの愛とは関係ないって!!みんなしてるコトなんだから…。私は、キョーミないだけ!そんだけだよ!!」
「まさる」さんの、お茶は美味しかった…。
亜由夢は、サービスについてこう考えている。
サービスの本質は、このお茶なのだ。
だってご飯が美味しかったら、欲しくなるモノなんて一つしかないじゃない?
それがエロスなのよ…。
「Dimensions」 Computer Magic
璃瑠香と亜由夢は「まさる」さんを出ると、プラプラきび団子食べたり焼き立てせんべいをかじったりしながら浅草寺の境内へと向かう。
「誰かに写真撮ってもらおうよ…、璃瑠香!!」
亜由夢の提案は、璃瑠香には受け付け難いモノだ。
「ドーデもよくない…?そんなコト。別に自分なんて映さなくても、境内は充分キレイじゃない。」
亜由夢は近くで観光している外国人さんの夫婦にスマホを渡し、操作方法を説明している。
「英語話せるんだね…。せっかくの特技を、そんなムダなコトに。」
外国人さんの夫婦は笑顔で承諾し、カメラのレンズをコチラに向けてくる。
そうなるとさしもの璃瑠香も、思わず一応それなりのポーズを付けピース・サインを出してしまった。
色々なお店を覗いては覗くだけでお金は落とさず、二人は夕暮れの浅草寺を後にする…。
日も暮れつつある「雷門」のちょうちんをバックに、璃瑠香は亜由夢にこれからどうする?と尋ねた。
「今日はウチのダンナ遅いの…。遅番だからさ。まーくんも、お母さんに預けて来たし。」
話は決まった。
璃瑠香は「捕鯨船」さんで飲んでみたかったが…。
給料日前で、もうあんまりお金が無い。
コンビニで飲み物とつまみを購入して、晴海埠頭に車を走らせる。
入り組んだ埠頭の奥まった所に、灯台の様な誰もいない建物があった。
サントリー「オール・フリー」の缶を開ける璃瑠香。
亜由夢は、「ソルティ・ドッグ」。
カクテルだ…。
スナック菓子をつまみながら、おしゃべりに興じる。
「璃瑠香さぁ…。ホントに好きな人もいないの?そんなハズないと思っちゃうな〜!」
「うるさい!!う〜る〜さい!いないいない!!誰もい〜な〜い!!」
「ソルティ・ドッグ」のホンノリした塩味が、亜由夢のノドを刺激した。
「だって、モテるじゃない…、璃瑠香って。高校生だった頃だってさ。私、そこそこ大変な想いしてるのよ?」
「うるっさいのはね…。いっぱい来るよ、そりゃあ!!」
璃瑠香は立ち上がって、縁石の上でバランスを取る。
ヨタヨタと歩く様を、亜由夢はカルビーの「うすしお」をパリパリ食べて見守った。
「一人だけ…。そう一人だけいるんだ。絶対話し掛けて来ないし、近寄って来ないのが。」
それからは音楽の話に、スライド・シフトしてしまう。
ダンナの影響で、音楽に興味を抱き始めた亜由夢。
それでもそうなると璃瑠香の独壇場で…。
今日の、カウンター・カルチャーの在り方について。
セックス・ピストルズが、パンクを殺してから何が起きているのか?延々語る。
「結局もう、ポップ・ミュージックはポップ・ミュージック。オルタナティヴはオルタナティヴで、やってくしかないんじゃないかな?やってる事が離れ過ぎちゃって、元の鞘には収まんないからさ!!」
亜由夢は、ニコニコしながら頷く。
こんなマニアックな話…、何が面白いのかはわからない。
「The Killersとかなんか、亜由夢にはオススメかな?聴き易いと思うんだ、ロックン・ロールとはちょっと違うんだけど…。」
亜由夢は、何か納得した様に頷いた。
その瞬間に、璃瑠香は「オール・フリー」の缶をベンチに叩きつけたのだ!!
「だからさ…。そいつが好きなんだよ!!気になるんだ!!」
「やっと…、本音が聞けたわね。」
亜由夢は、笑顔でヤキモチをやいている…。
テーマ曲…
「ハミングがきこえる」 カヒミ・カリィ