オープニング…
「Star」 The Roots
西澤龍平(ゼロム)と坂本優奈(さかもとゆな、ファロム)が長野県の藤沢村でそッと結ばれてから、数年の月日が流れた。
二人の現在は…。
龍平は運送会社の倉庫で正社員として働き、優奈は大学生に成っていた。
龍平が高校時代に軽音楽部の友人達と立ち上げたバンド、「Offtones」は幾度かのメンバー・チェンジを繰り返し今に至る。
「Offtones」は地元ではそこそこ有名な存在になっていて、小さなライブ・ハウスなら満員に出来た。
あれから龍平は実力を付け、バンドのメイン・ソング・ライターとしてもギタリストとしても日々奮闘している。
メインのギターは、相変わらずジャパニーズ・ヴィンテージのTokai Silver Starだ…。
龍平のTokai Silver Starは、主に電気系統とペグ・ブリッジ周りをカスタムしている。
ギターの価値もわかる様になってきた。
それなりに色々試してはみたのだが、何のかんのと言って結局これに落ち着くのである。
優奈は作詞はしていたが、ステージに上がる事はなかった。
さて、優奈は昔からある古〜い喫茶店で人を待っていた。
その人物は龍平ではない。
龍平の運送会社での同僚で、優奈と共通の友人でもある石塚虎彦である。
「だからもう…、遅いなぁ。」
優奈が腕時計に目をやると、待ち合わせの時間から15分が経過していた。
「いつもなんだよね。まぁ私が呼び出してるから、あまり文句は言えないんだけど…。」
するとカランカランと喫茶店のドアが開き、ディスク・ユニオンのレコード・バッグをパンパンに膨らませた虎彦が入って来る。
「おう!悪かったな…。ユニオン(ディスク・ユニオン)を、三件ハシゴしててな。時間が掛かっちまったよ。」
優奈は、プリプリとほほを膨らませた。
「もう、遅ーい!!15分も待たせて…。私を何だと思ってるの?」
虎彦は早速ゴールデン・バットを取り出すと、火を点ける。
「だから謝ってるじゃないか…。悪かったな、でも15分だろ?死ぬワケじゃあるまいし、小さな事にコダワるなよ。」
これだ…。と優奈は思った。
虎彦は、時間の感覚に疎い。
「レコードよりさ、友達の方が大事でしょ?」
やって来た店員さんに、虎彦はブレンド・コーヒーを注文する。
「いや…。レコードの方がいいさ。レコードは、ペチャクチャおしゃべりしないしワガママを言う事もない。針を落とせば、素直に美しい音楽を流す…。」
虎彦はレコードであれば、何のジャンルだろうと構わなかった。
ジャズ、エレクトロ、オルタナティヴ…。
何でもいい。
レコードの音色が好きだったのだ。
「その話は、まぁいいんだケド…。あのね、龍平のコトなの。」
虎彦は、おしぼりで入念に手を拭いている。
「どうした、痴話ゲンカか…?犬も食わないとは、よく言ったモノだ。それにしても珍しいな。あんな誠実な男が…。」
優奈は、首を横にブルブルと振るった。
「違うの…。そんなんじゃないの!!龍平はいつも優しいし…。」
虎彦は、置いてあるマッチをポケットに二つ入れる。
「じゃあ、何だ…。会社では、一番よく働くよ。人の二倍は働くな。アイツが来てから、ずい分と助かってるよ…。」
優奈はうつむいて、ポツリポツリと切り出した。
「あのさ…。何か最近、元気ないと思わない?」
運ばれて来たコーヒーに、虎彦は口を付ける。
「そりゃあ、疲れてるだろうよ。平日はウチで仕事だし、休日はライヴだろ?いくら若いったって、限界はあるからな…。」
優奈はもう一度、首をブルブル振るう。
「そうじゃなくて…。何かさ、後ろめたいから優しいっていうか。いつもと違うっていうか…。」
虎彦は、優奈の悩みをさほど汲み取らなかった。
「後ろめたい?おいおい…。そう回りくどく言われても、何の事だかさっぱりわからんよ。ハッキリ言ってくれ。何がおかしいんだ?」
優奈は、そッと打ち開ける様に呟いた。
「龍平…、きっと他に好きなコがいるの…。わかるでしょ?」
虎彦は、コーヒーにムセた。
「お前バカか、またそんな!?あんな一本気な奴を捉まえて…。男として言わせてもらうがな、アイツが浮気するなんて金輪際存在しない!!」
虎彦の断定に、優奈は食い下がる。
「だって、…だから証拠があるモン!!」
虎彦は、テーブルをバン!と音を立てて叩いた。
「そんなモンあるか!!この話はオシマイだ!」
優奈は下を向いたまま、まだ何かをブツブツ言っている。
そんな優奈の様子を見て、虎彦はニヤリと笑った。
「ホラな…。これを見ろ。」
それは何と!!
Cannonball Adderleyの名盤、Somethin' Elseだったのだ!
「これはな…。オリジナル盤なんだぜ?それが見ろよ…。」
虎彦はSomethin' Elseのジャケットに、手を入れる…。
「ホラ、見ろよ…。ここだよ、ここ!!ここのインナー・スリーブがちょこっと裂けてるだろ?たったこれだけの傷で…。幾らだと思う?」
虎彦の話は尽きる事を知らない…!
テーマ曲…
「Family stoned beat」 Tiny Panx Organization