オープニング…「Hats(Makes me wanna holler)」 Incognito
「…ごめんなさいね、重たい物持ってもらちゃって。」
書類の束を抱え上げるミミカに…、ハウシンカは申し訳なさそうに声を掛けた。
「いいんですよ、このぐらい…。そんな事より、…お腹の中に赤ちゃんがいるんですから。体を大切にして下さい。」
…ここは国立聖三位一体研究所の、研究室。
現在は聖遺物がお互いに接近すると力が増幅するという謎について…、研究が進められている。
ハウシンカはここで主幹の役職に就いていて、ミミカは今は主任である…。
「本当、…ごめんなさい。…私、そろそろ引っ込まないと。」
ミミカは…、笑顔で返事をした。
「ハウシンカさんがいないと、なかなか研究が進みませんよ…。そうは言っても、…結構、お腹大きくなっちゃいましたね。」
…数ヶ月前から、ハウシンカは妊娠している。
モチロンゼクとの子供で…、二人は数年前に結婚していた。
結婚していたとは言っても、ゼクは冒険者だったから旅に出っ放しで…。
二人は顔を合わせるコトが、…ほとんど無いのである。
「…そう言えば主幹、現在ゼクさんはどこに?」
ハウシンカは…、ため息を吐いた。
「北方のマルクレの街で、警備をやってるみたい…。ほらゼクって、…そ〜ゆうの得意じゃない。そろそろ、…半年になるかな?…今回の任務は期限って無いらしくて、魔物達の脅威が去ったら終わりみたいな?」
その答えに…、思わずミミカがうつむいてしまう。
「ごめんなさい、主幹…。ツラいコトを、…聞いてしまって。」
…そんなミミカに、ハウシンカはカラッと笑った。
「い〜のよ…、そんなコト。大体、私だってずっと一人暮らししてたんだし…。ゼクなんて帰って来たって、…ご飯食べて寝てるだけよ?…いたっていなくたって、大して代わり映えしないわ。」
午後7時頃ハウシンカは自宅近くの駅で…、乗り合い馬車を降りた。
カトラナズの国の首都シュメクの都市部から、少し離れた郊外にハウシンカの家はある…。
正確に言えば、…ゼクとハウシンカの家である。
…結婚して少し経った頃、ゼクの発案で小さな家を買った。
ゼクがそんなコトを言い出すなんて…、ハウシンカには意外だった。
普通冒険者というモノは、冒険と冒険の間に二、三ヶ月の休暇を差し挟む…。
しかしゼクは、…休まなかった。
…一つの冒険が終わると、またすぐに次の冒険へ。
根っからの…、旅ガラスなのだ。
そんなゼクの生き方が、ハウシンカにとって寂しくないと言えばウソになる…。
だからゼクが「家を買おう」と言った時、…ハウシンカはいつかゼクが落ち着いてくれるかも知れないと…淡い期待を抱いたのだ。
…ハウシンカが自宅のドアノブに手を掛けると、何と鍵が開いている。
ハウシンカは咄嗟に「ドロボウ」と考え…、急いで扉を開き中の状況を確認しようとした。
すると…。
ゼクが、…いた。
「…よう、遅かったな。帰ってるぜ…、腹が空いちまってな。」
ハウシンカは驚いて、顔を真っ赤にする…。
「アンタ、…何やってるのよ!…ドロボウかと、思ったじゃない。連絡ぐらい…、よこしなさいよ。あ〜、驚いた…。」
よく見るとゼクの周りには…ハウシンカが買い置きしておいたチョコレートやキャンディ、…チーズやらクラッカーやらの包み紙が散乱している。
「…ちゃんと片付けぐらい出来ないの、一体どんな育てられ方したのよ!!も〜…、仕様がないわね。」
ハウシンカはそう言うと、ゼクの周りに散らばっているゴミを一つずつかたし始める…。
「ご飯、…食べてないの?」
…ハウシンカの問いに、ゼクはチーズの新たな包み紙を投げて答えた。
「食ってねー…、俺も今着いたばかりなんだ。」
ハウシンカは、ボソリとゼクに尋ねる…。
「どこかに、…食べに行く?」
…ゼクは、ブーッとおならをした。
「お前の味でいい…、外で食うのはもう飽き飽きしてる。」
ハウシンカは疲れた体を引き摺って、キッチンに立つ…。
「ど〜せお肉が食べたいんでしょ、…鶏のもも肉があるから唐揚げにしてあげるわ。…もう買い物に行くのも、面倒臭いし。それでいい…、サラダもつける?」
ゼクはハウシンカの買い置きを全て食べ尽くしてしまうと、自分の荷物からマンガ雑誌を取り出し…横になって眺め始めた…。
「何でもいーぜ、…食べられればそれでよ。」
「空から落ちる星のように」 佐藤千亜妃
…夜の9時を回った頃、ようやくキッチンからハウシンカが姿を現した。
ハウシンカは…、あまり料理が好きではない。
いいお嫁さんにはなれそうもないと、自分でも思う…。
「ゲッ、…タルタル・ソースかよ。…俺はマヨネーズでいいって、前から言ってあるだろ?」
ゼクはハウシンカが手作りしたタルタル・ソースに…、早速文句をつけた。
「せっかく作ったんだから、文句言わずに食べなさいよ…!食べられれば、…何でもいいんでしょ?」
…テーブルに着いたゼクは、まだマンガ雑誌を開いている。
二人とも何も言わず…、ただ無言の時間が流れて行く。
ハウシンカは唐揚げとタルタル・ソースが、美味しいのかどうかが気になった…。
ゼクは、…何も言わない。
…その視線は、ひたすらマンガ雑誌に注がれている。
「もう少ししたら…、お手伝いさんを雇わないと。これ以上お腹が大きくなったら、私出来ないコトが出てくるわ庭のお手入れとか…。」
沈黙に耐え切れず、…ハウシンカは何となく思いついたコトを口にした。
「…雇えばいーだろ、そのぐらいの稼ぎは俺にはあるハズだ。」
ゼクが冒険者として得ていた報酬は…ごくわずかなゼク自身の小遣い分を差し引いて…、ハウシンカに全て届けている。
「次の任務は何なの、どこへ行くの…?」
平凡な問いだ、…でも会話なんてそんなモノでしょ?とハウシンカは思う。
「…次の任務は、ノベレート山脈での竜退治だ。ギルド側が気を遣ってくれてな…、契約は三ヶ月でいいそうだ。その頃には、ガキも産まれるだろう…?そしたら、…少しゆっくりするさ。…だが今回の任務は竜退治だ、生きて戻って来られるかわからない。」
生きて戻って来られるかわからない…、その答えにハウシンカの胸は騒ぎ立つ。
サラダには手をつけず、唐揚げだけを平らげたゼクは言った…。
「じゃあ、…俺は寝るぜ。…風呂には、もう入った。」
そう言うとゼクは…、二階の寝室に引っ込み灯りを消す。
あの時ゼクと結ばれてから、ハウシンカはいつも「彼が求めているのは私なのだろうか?」と想う…。
だからと言って、…ゼクは一緒いるコトでその不安を払拭してくれたりはしない。
…それを他人に語れば不幸だと言われるだろう、だがしかしその点には違和感が残った。
ハウシンカは後片付けをして…、バス・ルームに入る。
大きな鏡に映った自分の膨らんだお腹を眺めると、妙な程満足感があった…。
それは二人の「愛の証」であると共に、…二人とは全く別な新たな可能性の始まりなのだ。
…一つだけ、確実なコトがある。
それは…、ハウシンカは現在確かに納得しているのだ。
神に仕えるというのがこんな気持ちなのかはわからないが、自分よりも偉大な「何か」に身を捧げているという充実感がある…。
夜11時頃、…ハウシンカも寝室のベッドに腰を下ろす。
…いつもは広すぎるダブル・ベッドの左側で、ゼクが安らかな寝息をたてていた。
「おやすみ…、ゼク。」
ハウシンカは、ゼクの頬に軽くキスをする…。
モチロン、…ゼクは気づかない。
…翌朝6時ハウシンカが目を覚ますと、もうゼクはいなかった。
相も変わらず…、広すぎるダブルのベッド。
「さて、今日も仕事よ…!!」
寝覚めは悪くない、…今日もいい一日であるコトを神に祈った。
テーマ曲…「No Surprises」 Radiohead
おまけ
こんにちは、WONDERおじさん「ピクニック〜・ランド♪」です…。
書くかどーか迷ったんですが、…ちょっと解説をします。
…うまく本編に組み込めればよかったんですが、流れに何とな〜く沿わなかったので。
ゼクは…、旅先での売春宿通いを止めていません。
そしてハウシンカは、どこかでそのコトを識っている…。
そんな背景があって、…この二人の関係は成立してるんです。
…ぼくの中には、申し訳なさが渦巻いてる。
それは多分…、ぼくが女性っぽいからなんだろう。
この作品は…、以前構想したアイディアが余っていたので…書いてみました。
妊娠という、…割と男であるぼくにとって縁遠いモティーフを選んで書いてみましたが…どうだったでしょうか?
…とても短いハナシですが、ある種の情景は描けたかなとは考えています。
久し振りなんですが…、やっぱりたまにはみなさんに読んでもらいたいなと想って…つい書いてしまいました。
そういえば…。
このブログの表題…、ootmarsumとは何なのか…わからない方もいらっしゃるかも知れませんね。
…ぼくの愛喫している、煙草の銘柄から取ってるんです。
その名も、…STAD OOTMARSUM。
だからぼくは、(白)を喫っています…。
とっても美味しい…、手巻き煙草です。
…2018年12月現在、STAD OOTMARSUM輸入されておりません。
無くなっちゃったんですよ〜、…なので今はDOMINGO(Cigar blend)!!
トホホ、残念…!
ぼくがここまで書いて来た物語は…、全部心の中の物語。
…だから改めて、言葉にしての感想とか評価はいらないです。
読んでくれてる人の気持ちとかも、…全く考えてないし。
書きたいコトを書きたいように書いたんだ、アマチュアだから…。
読んで楽しんでくれたら…、幸いかな。
…い〜音楽があって煙草とお酒と小料理が美味しくなれば、それでいいのさ。
色々、…書いて来たケド。
「カッコいい」ってゆ〜感想が、イチバンウザッたかった…。
悪いケド…、あなた達にわかる程度の。
…カッコよさは、生きてない。
ぼくの心は、…パンクスだから。
それでは、失礼します👋。