「お疲れさま、先に上がるよ…」
中島安裕(なかじまやすひろ)は…、今退社したトコロだ。
…都内の小さな出版社に勤めてゆて、制作進行のお仕事をしていた。
安裕は今日お家に帰りたくなかった、…何故なら昨日妻のうるうと喧嘩したからである。
原因は安裕にある、安裕が自転車仲間との飲み会を「会社の残業」と偽ったのだ…。
理由は大したコトではない…、単に自転車仲間とのツーリングが多かったからうるうがヤキモチをやきがちだったそれだけである。
…ところがうるうは元々同じ職場に勤めていたので、この時期は別に忙しくないと知ってゆた。
安裕は飲んで帰るコトにした、…一人で飲んでると想われたくなかったから「会社の同僚と飲んで帰る」とまたウソのメッセージを入れる。
安裕は実家の近くのバー「酒蔵」で一人飲んでいた、現在のお家は東京の下町にあるのだが実家は千葉県北西部の常磐線沿いにある…。
そこにある実家で暮らしてゆた頃から通っているバーだ…、常磐線一本でいけたし。
…何しろ都内の飲み屋は高くていけない、「酒蔵」なら2/3ぐらいの値段でゆけるから。
どうせ同じ金額出すならいいお酒飲んだほうがゆいと、…通っていた。
バーテンダーのお酒にまつわるウンチクを聞かせてもらいながらウィスキーをチビチビやる安裕に、突然声がかかる…。
「久し振り…、まだこのお店通ってるのね」
…安裕は驚いた、うるうと付き合う前の恋人元木玲(もときれい)がそこに立っていたからだ。
「隣、…座ってもいい?」
安裕は反射的に「よくない」と想った、しかし体は何もゆわず頷いている…。
玲は現在もまだ独身であり…、以前と変わらずアパレル・ショップで働いているらしい。
…安裕は玲と話してると、独身の頃の自由な生活を思い出した。
何の計画も無くお金を使い、…将来の展望も何も無い。
それは実は充たされない寂しさが常に同居していたのだが、それは記憶のトリックで都合よく思い返さない…。
そして既読のつかない…、うるうへのメッセージ。
…「煙草の銘柄も変わってないのね、私その香り好きよ」
うるうは気管が弱かったから一緒にいると煙草は吹かせない、…安裕は「いけない」と想ったがもうあとの祭りであった。
始発に乗って安裕はお家に帰った、昨晩の出来事については「バレるハズがない」とたかをくくってゆた…。
問題は帰りが遅いコトでうるうの怒りに油を注ぐ結果にならないか?だったが…、安裕のお酒好きは彼女もよく知るトコロである。
…薄暗いリビングでスマート・フォンをいじり、テーブルの上に置き忘れてシャワーを浴びて寝た。
お昼過ぎに目を覚まし、…リビングへ降りるとうるうが。
「スマート・フォン忘れてるよ…」
と声をかける…、「そういえば」と取り上げて何とな〜く待ち受け画面に目をやると。
…そこには、「昨日の夜は楽しかったね」と玲からのメッセージが表示されているではないか。
安裕は焦った、…そして考える「うるうはこれを見たのか?」と。
「見たのだったら怒るに違いないだから見ていないのだ」、安裕はそう結論しようとした…。
「お昼昨日の夕はんの残りでゴメンね…、急に飲むなんてゆうから」
…「もしかしたら自転車仲間との飲み会の怒りももう峠を過ぎたのかも知れない」、そう安裕は一瞬安堵しかけたが。
「何か、…しょっぱくない?」
うるうの運んで来たスパゲッティ・ミートソースを口にした途端、何か違和感を感じる…。
うるうには何もおかしなトコロはない…、いつものように微笑を浮かべて台所に立っていた。
…安裕は気のせいかと思う、そして「やはり見ていないのだ」と結論した。
それから安裕はサイクリングに出かけたり、…帰って来てゴロゴロしたりしてるウチにお休みは暮れてゆく。
そして夕はんとなり、メニューはサーモンのムニエルとシチューそれにサラダが添えられていた…。
サラダのドレッシングはいつもうるうの手作りで…、安裕は実家にいた頃野菜はあまり食べなかったが。
…うるうの手作りドレッシングの味が気に入りいつも楽しみにしている、ところが。
「何か、…酸っぱくない?」
そう今日のうるうは、味つけが「何か」おかしいのだ…。
シチューも薄いし…、サーモンのムニエルも味が濃い。
…安裕はやっと気がつく、「うるうはあのメッセージを見たのだ」。
夕はんを食べ終えた安裕は、…近所のコンビニまで。
うるうの好きな、森永「ビスケット・サンド」を買いに出かけた…。
その途中で…、スマート・フォンがメッセージを着信する。
…玲からだ、そこには「今度いつ会える?」とあった。
そこで安裕はハッとする、…昨日の晩の出来事は全て幻想でしかなかったのだから。
テーマ…
「Blue train」 John Coltrane